「一死一塁。どうやったら、ショート・宮本慎也の前にツーバウンドのゴロを打たせてゲッツーを取れるか考えてみろ」
とんでもない宿題だった。それを捕手の古田敦也さんとああでもないこうでもない、伏線をこうやって張っておいて、この勝負球でバットのこのあたりに当てさせればツーバウンドのゴロになるんじゃないか、と真剣に考えていた。
古田さんのキャッチングの技術もすごかった。いま、二軍で僕がバッテリーコーチと一緒に取り組んでいるのは、捕手が低めのボールを受ける時に、ミットがお辞儀しないようにすることだ。ミットがお辞儀してしまっては、ストライクを取ってもらえないからだ。
きわどいところをパシッと捕り、ストライクとコールしてもらうことを、メジャーリーグでは「フレーミング」と呼び、いまでは大切な技術として重視されている。フレーミングのうまい・下手も、いまは分析されているらしい。
野村野球の快感というものは、なんとなく受験勉強に近い
古田さんはボールをストライクに変える魔術師だった。
右バッターのアウトコースの球は、ミットの先端で捕る。芯ではキャッチしないという。なぜかというと、芯で補ると、ミットがストライクゾーンの外に出てしまうからだ。外角は芯でパシッと捕るのではなく、あえて芯を外して捕り、ストライクとコールしてもらう確率を高めていた。
古田さんはある意味では異端だった。日本のキャッチング技術では脇を締めることを要求されることが多いが、古田さんは「脇は空けなきゃダメなんだよね」と言っていた。
これも、野村監督の高い要求に応えた古田さんの技術だったのだろう。
僕の想像では、野村野球の快感というものは、なんとなく受験勉強に近いのかなと思う。勉強している最中はつらいのだが、結果が出れば楽しい。
実際、日本シリーズで西武の清原和博さんと対戦した時や、セ・リーグだと広島~巨人の江藤(智)、阪神の新庄(剛志)と対戦した時などは、徹底してシミュレーションをしていた。