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2021/11/23

「いかにしてタイミングを外させるか」

 基本的に僕のシンカーは、右打者を相手にした場合は外角から攻めていく。ただし、強打者の場合は右膝のあたりにシンカーを続けて投げる。三塁側にものすごい打球が飛び、スタンドは湧くのだが、僕からすればコントロールさえ間違えなければ、絶対にファウルになると分かっていた。ストライクを先行させ、そこからどう料理するかが、野村野球における僕の仕事で、ホームベースの角を目がけてシンカーを投げた。

 ただし当時、このような攻め方がなかなか通用しない選手がいた。巨人の松井秀喜だ。松井の特徴は、振ってこないことにある。ボール球には手を出さず、自分の狙った球をじっと待てる我慢強さがあった。特に打席ではベースから離れたところに立つので、外角に投げたくなるのだが、そこにボールがいったら一巻の終わりだった。

©文藝春秋

 振り返ってみると、松井の攻略法をずっと考えていたことは、メジャーリーグに行ってからのいいシミュレーションになっていた。

 メジャーでは3・4・5番あたりはもちろん、9番打者にもホームランがある。しかし、抑え方は一緒で、「いかにしてタイミングを外させるか」に絞られていた。どんなバッターでもタイミングさえ外せば、空振りを取れるし、身体のバランスを崩してバットの先から下側に当てさせれば、ゴロを打たせることができた。

とことん考えてから勝負を挑んだのは、野村監督の影響があったから

 松井と対戦するにあたっては、「あと自分のボールが3キロ遅ければな」というのが、僕の「野望」だった。ボールを遅くしたいと思う投手は、世界中探してもなかなかいないだろう。松井と対戦を重ねていくと、そうしたことが見えるようになっていた。面白いのは、外角の、絶対にそこにはボールが行かないとお互い分かっているエリアに、たまに投げミスでボールが行く時だ。「ヤバい!」と思うのだが、松井もびっくりしていて、手が出ない。プロの世界でも、こうしたことが起こるのだ。

©文藝春秋

 それにしても、メジャーリーグに移籍して初めて対戦した打者が、松井になるとは思わなかったが。

 いずれにせよ、僕がとことん考えてから勝負を挑んだのは、野村監督の影響があったからこそだ。

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