本人の性格のせいにされてしまう「境界知能」の問題
「軽度知的発達症の人や境界知能の人は、中等度の知的発達症の人のようには、周囲から気づかれることが少ないです。一見、普通の人と変わらない生活を送っています。ですが物事の判断に苦手さがあり、計画を持たずに妊娠してしまったり、妊娠しても産婦人科受診ができないとか、妊婦健診に通えないとか、赤ちゃんのお世話が十分にできないことがよくあります。それが、だらしない、生活習慣ができていないなど、本人の性格のせいにされてしまいがちです」
境界知能の人が軽犯罪を起こす確率は高いと言われるが、女性の場合、それが妊娠に関する問題になってしまうことがあると興野医師は指摘する。
「そもそも軽度知的発達症の人は人口の1%弱になり、境界知能は人口の14パーセントほどにもなります。こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)に預け入れる女性も、安易な預け入れなどではなく、ほとんどがこうした発達症や精神疾患の問題が背景にあり、SOSがうまく出せずに孤立して追い詰められた状態にあるのではないかと私はみています」
境界知能の人は日本に約1700万人いると考えられている。
意識が朦朧とするなか、祖母の電話番号を伝え…
胎児の大きさから計算すると予定日は11月15日(月)だったが、11月初旬の夜、予定日より早く陣痛が始まった。小柄なアキさんの体格に比べて胎児は大きい。負担の大きなお産が予想された。深夜、子宮口が10センチまで全開した。これから先は狭い産道を通るために胎児は苦しくなる。まもなく胎児の心拍数が下がった。帝王切開の可能性が高まった。アキさんに赤ちゃんの状態を説明すると、意識が朦朧とするなか、アキさんは携帯電話の画面で祖母の番号を示した。
蓮田医師は事前にアキさんに、帝王切開の可能性があること、手術は命にも関わること、万一のときのためにせめて父親でなくとも家族の連絡先を教えてほしいことをわかりやすい言葉を選んで説明していた。頑なだったアキさんも、「死にそうになったら連絡してくれていい」と、祖母の携帯番号を伝えることまでは同意していた。
その頃、仮眠室で蓮田医師は赤ちゃんが頭蓋骨が割れた状態で生まれた夢を見た。母体に万一のことがあれば、家族にどう説明をしたらいいのか。しかも母親は未成年だ。赤ちゃんが仮死状態で生まれればNICU(新生児集中治療室)で治療する必要があるが、慈恵病院からNICUのある病院に搬送するとしても、母親の情報がわからない赤ちゃんを受け入れてもらえるか。法的な担保がない状態で内密出産を実施し、母子の健康が損なわれるような事態となれば、慈恵病院は批判されるだろう。