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2021/11/23

声を出さず出産の痛みに耐えたアキさん

 さまざまな思いが行き来するなか幸いなことに胎児の心拍数が持ち直し、帝王切開は回避できそうな見通しとなった。蓮田医師は赤ちゃんの頭にカップを取り付けて吸引する準備をしたが、そうするまでもなく母体の若い力に押し出されるように、早朝、赤ちゃんは生まれた。3500グラム弱の女の子だった。保護から3週間が過ぎていた。

 出産に立ち会った相談員によると、アキさんは声を出さず痛みに耐えた。生まれてきた赤ちゃんを愛おしそうに見つめ、赤ちゃんが小さな指でアキさんの指を握るとうれしそうな顔をした。助産師がおっぱいを吸わせてみるかと尋ねると頷き、おっぱいを咥えさせたという。

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 内密出産希望の女性を保護していることは、個人情報を伏せたうえで熊本市子ども政策課と共有してあった。無事に生まれたとの連絡を受け、熊本市と熊本市児童相談所の関係者が来院。蓮田医師の報告を聞いた後、赤ちゃんに面会した。熊本市も支援の手伝いをしたいと伝えるためにアキさんへの面会も希望したが、市から地元の行政に連絡が行き父に知られることを恐れ、面会を拒んだ。

 アキさんが赤ちゃんに愛情を感じている様子は見て取れたという。だが、未成年では父に知られずに赤ちゃんの戸籍をつくることが難しい、また、特別養子縁組を前提に乳児院に預けるとしたら赤ちゃんにはもう会えないなどの仕組みは飲み込めないようだった。

自分で育てるのか、社会的養護に託すのか

 膠着状態のまま数日が経ち、退院日を翌日に控えた11月10日(水)朝、蓮田医師はアキさんにもう一度説得を試みた。蓮田医師は2つのことを話そうとしていた。

 1点は、「誰にも知られずに産みたい」というアキさんの望みは実現できたということだ。そのことを話すと、アキさんは素直に頷いた。2点目は、自分で育てるのか、社会的養護に託すのか、本人の意志確認だ。「2年経ったら自分で育てたい」とアキさんは言っていた。2年後には自分も成人して社会経験を積み、経済力も含めもっとしっかりしているからということのようだった。だが、仮に赤ちゃんを社会的養護に託したとして、2歳になった子どもとゼロから生活を始めるのはどういうことなのかは想像できないのだ。

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 蓮田医師は思い立って、院内の保育室から里子を診察室に呼んだ。蓮田医師には大学生の長女を筆頭に6人の実子がいるが、1年半ほど前から縁あって里子を育てている。里子は姉や兄にもみくちゃに可愛がられているにもかかわらず、蓮田医師の抱っこでないと寝ないほどに懐いている。アキさんの理解できる伝え方はなんだろうと考えて、とっさに里子のことが頭に浮かんだという。里子は診察室に入ってくるなり蓮田医師の首にかじりついた。

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