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30年前に夫婦別姓を選んだ理由

 由香里さんが事実婚を選択しているのは、夫婦別姓を実現するためだ。しかし、内山姓に思い入れがあったわけでも、ジェンダーについて学んでいたわけでもない。大学時代からなんとなく夫婦別姓を意識していたものの、夫・幸夫さんといざ結婚するというときにはじめて、「これはおかしい」と強く思ったのだという。

由香里さん「それまで使い続けてきた名前を失うことに、違和感があったんです。アイデンティティなんていうと大げさかもしれないけれど、小さいころから何千回と名乗ったり書いたり呼ばれたりしてきたのに、結婚するからと簡単に手放してしまうのはどうなんだろうって」

 さらに内山さんは、夫との不公平さも気になった。

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由香里さん「夫は同僚の教員だったのですが、同じ仕事なのに、どうして私だけ姓を変えなきゃいけないんだろうと不満でした。対等な立場で結婚するはずなのに、おかしいですよね」

 姓をどうするか。事実婚にするか。2人の意見は対立した。幸夫さんは、「由香里さんが仕事で旧姓を使い続けるのは構わないが、婚姻届を出さないのはあり得ない」と事実婚を断固拒否。折り合いがつかないまま早めの新婚旅行に出かけると、なんと、その間に幸夫さんの父親が勝手に婚姻届を出してしまっていたという。

©iStock.com

由香里さん「有無を言わさず、改姓せざるを得なくなりました。幸い、当時はまだ緩いというか、銀行口座は旧姓のままほっとけたのでなるべく変えないぞ、いけるところまで内山でいこうって考えたんですけどね。職場の事務方から『戸籍名と違う口座には給与は振り込めません』と言われたときは、どうしても長年使ってきた口座の名義を変えるのが嫌だったので、小池の口座を新たにつくりました。ハンコも、『内山』ではなく『由香里』で新しくつくって」

 給与明細、健康保険証、銀行口座。じりじりと内山姓が消えていく中、最後の砦はあらゆる本人確認のベースとなる運転免許証だった。

由香里さん「結局、引っ越すときに免許証も小池になっちゃったんです。そうすると、それにひもづくカードや会員名義、各種証明書もひとつずつ小池姓になっていく。徐々に侵食されるというか……自分の名前が消えていくようでした」

 それは由香里さんにとって、喪失の経験だった。自分の姓を取り戻したい――そう決意した彼女はその後、出産をきっかけにペーパー離婚し、子どもは夫の籍に残したまま自分だけ内山姓に戻る。そしてまた妊娠を機に幸夫さんと婚姻届を出し、出産後に再びペーパー離婚をしたのだという。並外れた行動力だが、そこまで思い切ったことができなかった人にもチャンスがあると由香里さんは言う。