「○○○がなければ…」北九州はもっといいところ
このとき野村会長から「北九州はいいとこでしょう」という言葉が出た。私は「いいところだとおもってますよ。私は生まれも育ちも北九州だし、今も北九州に住んでいます。ただ、◯◯◯がなければもっといい街なんですけどね」と答えた。
「『やくざ』ですか……」野村会長が苦笑した。
前回の捜索時とは異なり、田上理事長も冷静だった。野村会長も、年下だが警察の現場責任者である私には丁寧な話しぶりだった。
私が言った「◯◯◯」は伏字ではなく、そのまま「まるまるまる」と口にした。意味合いとしては「ヤクザ」ではなく「工藤会」のことを指していたが、さすがに工藤会会長を前に多少の遠慮があったのだ。
その後、直接会って会話を交わした溝下秀男総裁とは異なり、野村会長は工藤会会長という鎧の下を見せることはなかった。田上理事長ら幹部も会長と話をするときは緊張と忠誠心を隠さなかった。
児童養護施設に匿名でクリスマスプレゼント
工藤会の組員らにとって野村総裁が雲の上の人だったのに対し、田上会長は下っぱ組員からも結構慕われていた。また、自分の家族を大切にしていた。組長クラスともなると、自らの雑用のみならず、妻や家族の買い物や雑用まで配下組員に命じるものはざらだ。
だが田上会長は、工藤会理事長当時も会長となった後も、自ら運転する車に家族を乗せ買い物などに行っていた。その際、組員のボディガードも付けない。工藤会としての様々な活動に際しては野村総裁も田上会長も護衛をつけていた。護衛といっても拳銃など武器は持ってはいない。もっとも、北九州地区で他団体が公然と活動することなどないので、護衛の必要は元々なかった。
そして田上会長は、クリスマスになると、自らが育った児童養護施設の子供たちに匿名でプレゼントを贈り続けていたようだ。子供たちからは「タイガーマスク」と呼ばれていたという。
【後編を読む】「玄関に4発、室内に2発…」市民を狙って放たれた弾丸 それでも一般市民が凶暴な工藤会の“追い出し”に成功した驚きの理由