こうした噂は瞬く間に地元の不良グループにも伝わり、なんとか2階に到達しようと、夜更けのみならず日中にも何人かが探索に訪れたそうだが、やはり噂通り、踊り場から上に向かおうとすると気分が冴えなくなり、行こうとする意思をくじかれてしまったという。
そしてある日、ついにその廃病院の取り壊しが決まったそうだ。
「オレらで2階、制覇して、伝説作ろうぜ伝説!!」
作業着姿の男たちが、それまで誰も寄せ付けないはずだった廃病院の2階に、拍子抜けするほどあっさりと出入りをしている。
日中、フェンス越しに垣間見えたそんな光景は、地元の不良たちにとって自分たちの“根性”が踏みにじられているように映ったのかもしれない。
「いやマジ……お前らこのままでいいと思ってんの!?」
ある晩、地元の不良グループのTは飲んでいた缶ビールをカンッと机に叩き付けながら、家飲みに集まっていた同期2人・後輩2人の仲間4人にそう吐き捨てた。
Tの同期2人は、焚きつけるかのようなTのセリフを、一度は聞き流すふりをしてタバコをふかしたが――
「あそこ壊されたら誰もよぉ、2階行けずに終わりじゃんかよ! しかも、作業のおっさんたち普通に行ってっからね2階! マジ、噂してた俺ら舐められてもいいんかよ!?」
舐められるというセリフは流せなかった。
「まあ、それはねぇーわな」
「ああ、それはムカつくわ」
無関心そうだった後輩2人も、先輩3人が結束し始めたのを見て口を挟み始めた。
「いや、でもマジであそこ行った他の先輩たちとかは全員2階行けないって言ってたのに、なんで業者のおっさんたち行けてんすかねぇ?」
「確かにそうっすよね。肝試しとそうじゃない人で違うんすかね?」
「な、マジそれも気になんだよ。だからさぁ、あそこ無くなる前にオレらで2階、制覇して、伝説作ろうぜ伝説!!」
「……じゃあ、行っちゃうこのまま?」
「おお、行こうぜマジで!!」
「え、今からっすか!?」
酒の勢いもあってか、Tたち不良グループは伝説を作るため、開けていない酒をビニール袋に詰め、着の身着のまま件の廃病院まで夜の道をバイクで走ったのだそうだ。
「なに、ビビってんの?」「ビビってないっすよ!」
囲まれたフェンスをよじ登り、携帯のライトで足元を照らしながら敷地内に入っていく一行。
暗闇にぼんやりと浮かぶ廃病院は、肝試しのせいでところどころ落書きはあったそうだが、依然としてそこに佇んでおり、その破損のなさがかえって時の流れからすっぽり抜け落ちたような独特の不気味さを漂わせていた。
「……全然怖くねーな」
「…………」
「なぁ?」
「え、あ、そうっすね!」
「なに、ビビってんの?」
「ビビってないっすよ!」
尻込みする後輩2人と足取りの重い同期2人とは対照的に、Tはシンと静まり返った病院のロビーをグイグイと奥に進んでいった。
だが、それも長くは続かなかった。