あっけない幕切れ
「えっ?」
千佐子は目を見開き、息を吞んだ。
「私、おカネを借りたいう意識はないわ」
そしてすぐに繰り返す。
「私、おカネを借りたいう記憶はない。借用書あるの?」
私は吉村さんが領収書を千佐子の娘に送った話をした。
「吉村さんは、私におカネ貸すほど余裕なかったわ」
「でも本人は貸したと言ってるよ」
すると千佐子は耳の後ろに手を当て、アクリル板に顔を近づけた。
「なんや、今日は先生の声が聞こえんわ」
そこで私は同じ言葉を大声で復唱した。すると千佐子は憮然とした表情を見せる。
「(マルチ商法の)『××』は吉村さんから来た。あそこはダンナさんも熱心にやってて、彼女の方が『親』やったんよ。彼女はネットで買うプロフェッショナル。『××』について私は(ランクが)下やった。私はあの人に(カネを)出したことあるから。逮捕されて反論できんから、言われっ放しやね」
興奮して言い放つ千佐子に私は返す。
「でもね、千佐子さん、吉村さんにおカネを借りたとき、もし自分が死んだら娘に領収書を送ってくれって言ってたでしょ」
「おカネの話で子供を巻き込むことは考えられません。あり得ない」
そう口にしてこちらをみつける。それからは堂々巡りだった。私がなにを言っても、「憶えてない」「あり得ない」を繰り返す。
その日、いつも実行していた、面会終了間際の5分間の「楽しい話」の時間を持つことはできなかった。千佐子は終始興奮し、怒りをぶつけてきた。
面会室を出る際も、いつもならば彼女は笑顔で手を振って出ていく。だが、その日は捨てぜりふで終わった。
「私もね、もう死刑になるからね。勝手に言いたいこと言うて、いう感じや」
以来、千佐子からの手紙は途切れた。
覚悟していたとはいえ、約4カ月のあいだに22回重ねた面会の、そして28通届いた手紙の、あまりにもあっけない幕切れだった。