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 次に眞野さんの目に飛び込んできたのは、憔悴しきっていたウィシュマさんの異様な服装だった。

「真冬の入管は、コートを着ていても体が震えるほど底冷えします。それなのに、ウィシュマさんは私が差し入れした薄手のニットをアウターとして着ているような薄着でした。しかも足元は靴下にサンダル履き。本人もずっと寒いと話していましたが、ニットと一緒に差し入れしたダウンコートやニット帽、ルームシューズは入管の判断で送り返されてきました」

眞野さんの家にはウィシュマさんの祭壇がいまも置かれている Ⓒ文藝春秋

 入管の面会室には、収容者と面会者の間にアクリル板のついたてが設置されている。会話のために空気孔があるが、2020年12月当時はコロナ感染対策のためにテープで塞がれていた。面会の様子は、ウィシュマさんを連れてきた職員が常に監視してメモを取っていたと眞野さんは語る。

「ウィシュマさんはすでにだいぶ衰弱していて、大きな声は出せない状態でした。私たちは必死に耳をアクリル板に近づけて彼女の声を聞き取っていました。それでも、救急車が通るときの『ご注意ください』というアナウンスが『50円ください』にしか聞こえなかったという話で私たちを笑わせてくれたり、まだ明るい表情を見せてくれました。人が面会に来たことに安心したのだと思います」

「時間も長ーーいです」

 面会の最後には手紙を送り合うことを約束し、アクリル板越しにハイタッチを交わした。すると年明けにかけて早速、眞野さんの元に4通もの手紙が届いた。

「私が文房具を差し入れしたことへのお礼や、彼女が美容師の資格を持っていることなどが綴られていました。『ここを出て一緒に暮らすようになれば、きっとあなたのお手伝いができると思います』といった前向きな言葉が書かれていて、年賀状の代わりのグリーティングカードも添えられていました。1通目は英語でしたが、2通目からはところどころローマ字で日本語で書いてくれたり、かわいいイラストが添えられていたり。ウィシュマさんの心遣いを感じて嬉しくなりました」

ウィシュマさんから眞野さんに届いた手紙 Ⓒ文藝春秋

 しかし2021年が始まると、手紙に綴られる内容は徐々に暗転していった。

「1月10日付の手紙では、年末に体調を崩して3日間個室で過ごしたと書かれていました。さらに1月13日付のものには『あなたが入管に来る日付は早くこないから、時間も長――いです。待っている…待っている…待っている…だけです』と。精神が不安定になっていると感じました」