「本来フィギュアスケートでは考えられなかった器械体操、陸上などいろいろな理論を取り入れました。体操の内村航平さんの感覚を参考にしたり。4回転半は大きな壁なので、どうやって回転数を増やしていくのか、ジャンプの高さ、滞空時間を伸ばして行くのかを考えました。あと8分の1回転まわれば着氷できます」
3月までには、一見して足が太くなり、背中の厚みが増すほど筋力もついた。
「体重は増えました。ウエイトをやったわけではなく4回転半を練習しているうちに、遠心力や慣性をとりこむための筋肉がついてきたなと思います」
「乗りこえていかないといけない」
しかし3月の世界選手権までに練習での成功はならず、その渇望をぶつけたのは、4月の国別対抗戦のときだ。エキシビション前の公式練習で、12度のアクセルを跳んだ。回転の感触が良くなってくると「それでいいんだよ」とつぶやく。
「やっと氷をつかんで高さが出せ始めたと思いました」
一方で「高くなると完全に身体が拒絶反応を起こすので、高さと回ることの両立がかなり難しいです」と、高く跳べば成功するという単純なものでもない苦労も語った。
「これからシーズンオフに練習していくなかで、『ああ4回転アクセル跳べないな』という絶望感を味わったときにどうやって乗りこえていくか。今までの知識や経験を生かしながら乗りこえていかないといけない」
今季の初戦は11月のNHK杯。12月の全日本選手権をへて、2月には北京五輪を迎える。今までどおりの美しくパーフェクトな演技を目指せば3つ目の金を手にできることは、彼は分かっている。だからこそ未知の道を選ぶ。王者よりも開拓者に。それこそが最高の冒険であり、彼が生きることそのものなのだ。
◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2022年の論点100』に掲載されています。