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文科大臣からは「ご遺族に寄り添って進めて下さい」と…

――4月に当時の萩生田光一文科大臣は「事案が進まなければ、私を含めた政務三役が直接現場に入る。時間がかかり過ぎ」と述べていました。その言葉についてはどうですか。

今津 11月17日に末松信介文科大臣を訪問させていただき、これから行う旭川のイジメ対策の考えをお伝えし、国からの支援をいただけるようにお願いしてきたところです。大臣からは、「国としてもしっかり注視していきたい。まずは地元の教育委員会を中心に解決してほしい。ご遺族に寄り添って進めてください」との言葉をいただきました。

――視察された大津では、2011年に起きたイジメ事件の際、当時の大津市長がリーダーシップを取って解明へ導きました。警察が市教委、学校に対して強制捜査を行い、不開示だったアンケートも第三者委員会が確認することができました。調査が進まなければ、警察と連携して動いていく意向はありますか。

今津 今のところまだありません。まず第三者委員会の報告を待って判断していきたいと思っています。

廣瀬爽彩さん

しっかりと重大事態と認定をして対応していれば、救えた命だった

――2019年当時、爽彩さん本人への十分な聞き取りを行わずに、学校は「イジメはなかった」と判断しました。学校と市教委の対応は適切だったと思われますか。

今津 それは第三者委員会の中で明らかになってくると思います。ただ、川へ飛び込んだ時のことは文春オンラインさんの記事で本人は警察にも「イジめられていない」と語っていたと書かれていました。やはりその時の状況を踏まえれば、誰しも子どもたちってイジめられていることを自分で正直に言えるかというと、恥ずかしい気持ちや辛い気持ち、あるいは怖い気持ちであったり、そういった事柄はなかなか言えないと思うんです。事実、爽彩さんもYouTubeのやりとりの中で「人と話すのも苦手だし、人に迷惑をかけるのも怖いし」と話していますし。ただ、特に地元の月刊誌でも報道等されていたわけですから、その時点でしっかりと重大事態と認定をして対応していれば、救えた命だったと私は思います。

――西川前市長は何を根拠に「イジメはなかった」と判断されたと思われますか。

今津 それは分かりません。

――市長がいろんな資料を精査された中で、爽彩さんの「家庭環境の問題」について報告が上がっている文書などはありましたか。

今津 私が見ている資料では家庭の問題はありませんでした。

――イジメ問題に取り組む自治体に足を運んで、旭川に不足していたものは何だったと考えますか。

今津 旭川には市独自のイジメ対策の条例がなく、市長部局の組織がないことです。独自の条例があるからこそ、行政として寝屋川のように学校や加害生徒に勧告ができたり、調査ができる。旭川も他の地域のイジメに対する条例を学び、対策を学び、早急に旭川としても条例を作っていかなければならないと思っています。

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