「河西はまるで孫悟空」と有吉佐和子
『東京オリンピック――文学者の見た世紀の祭典』という本がある。すでに絶版になってしまったものの、文学好きにはたまらない1冊だ。今や文豪といわれる40人ほどの作家がオリンピックを取材し、新聞や雑誌に載せたエッセーがまとめられている。
菊村到が「東京オリンピックは筆のオリンピックとも言われた」と記述しているように井上靖、石坂洋次郎、遠藤周作、柴田錬三郎、小林秀雄、永井龍男、松本清張などが、溢(あふ)れんばかりの個性で五輪について書き連ねている。
彼らが競って題材に選んだのが東洋の魔女だった。たとえば石原慎太郎は多くの日本人と同じように、戦後からの日本復興の願いを、女子バレーに重ねて見ていた。
「この偉大な祭典の終末にふさわしく、23日の夜、日本の女子バレーは勝った。それは、他の競技に見られた、どの勝利にもまして、ゆるぎなく確実な確固たる勝利であった。
戦前にいろいろあったうわさのように、もしわれわれが、あの1戦をうしなった時のことを思うと慄然として来る。意識、無意識に日本人が女子バレーにかけていた期待には、他の種目に対すると違ったものがあった。それはなんといおう、われわれが今日、進歩した文明の便法とすり替えにうしないつつある、目的に向かって身心をはる、要するに努力し戦うということの尊さ、その意味をであった。
『鬼の大松』がひきいる、ニチボー・バレーチームに、われわれはひそかに、自分があこがれ、とりもどそうと願う自分自身の分身を見てきたはずである。大げさにいえば、ある日本人にとっては、女子バレーの敗戦は、第2次大戦での敗戦に次ぐくらいの、精神的打撃となり得たかも知れない。
しかし、私は今、何を愚かな仮説をたてる必要があるのだろうか。彼女たちは断固として勝ち、大松監督は、彼が抱く人間の努力と戦いについての、おのが信条を見事に表明したのだ」
不幸な生い立ちに耐える主人公を書き続けてきた水上勉も魂を奪われた1人。切り口も彼らしい。
「世間でいわれる魔女たちの勝因は、確かに大松監督のスパルタ的な日常の研鑽にあったと思う。それがきょう完全にチームワークがとれ、チャンスに恵まれ、圧倒的な勝利となったことに疑問はいだかない。
しかし、私ははじめてチームの娘さんたちを見て、感動をおぼえたのだった。それはだれもが貧弱なからだをしていることだった。半田選手などは青白い顔をしていた。蛍光灯の下なのでなおさらそのように見えたのか。世界一の魔女の顔ではなかった。そこいらの家からユニホームをひっかけて出てきて、ばんそうこうだらけの指をした娘さんの集まりだった。えらばれた人たちは、平凡な日本の女を代表していた。すると、彼女たちのあの魔力は、風貌や体軀から出たものではないのだった。
精神のはずだった。私は、そのことに気づいて、はじめて涙が出てきた。美しい巨軀の金髪娘のまじる他国チームと比べてなんと貧弱であったことか。
大松さん、ありがとう。あなたは日本の平凡な女性の偉大さを見せてくださった。貧弱なからだにつめこまれた精神の大きさも、日本の女の素顔の美しさも見せてくださった……」
少し長くなるが、有吉佐和子の記述も引用しよう。
「魔女と呼ばれる日本チームの選手たちは、そのアダナがふさわしいと思われないほど清潔感にあふれていて、色白で均整のとれた姿は美しく、気合を掛けあう声も透きとおるようだった。動きは敏捷で、とりわけ河西主将の活躍ぶりは時に目を疑うほど鮮やかなものだった。後衛にボールが打ちこまれ、あッ、やられたかと思った瞬間さっと腕がのびて、ボールが上がったところで、くるりと回転レシーブした体が立上がったところを見ると長身の河西。レフトのボールが危いッと思えば、飛出して取って立上がったのを見ると、これも河西。まるで孫悟空のように、あちらにも現れ、こちらにも現れ、しかもすらりと立上がった顔は頰も紅潮させていないのだ。
名トサーとしてセッターとして、沈着で剛胆な河西昌枝さんのボールさばきを見ていると、日本の女性もここまで来たかという感慨しきりであった。試合半ばから、私はただもう感嘆していた。何を基準にして選んでも、今年の女性ナンバーワンは彼女ということになるだろう。
世界一と呼ばれていても、しかし日本の選手たちは、日本女性の優雅なたたずまいを忘れていなかった。熱戦でしたたり落ちる汗が床に落ちると足がすべる。そこで彼女たちは、それに気づくと、すぐに雑きんがけよろしく布で床をぬぐうのだ。それはなかなか頼もしい光景だった。この人たちが結婚したらさぞやいい奥さんになることだろうと私はほほえましく思いながら、拍手を送っていた。
(中略)彼女たちが得たものは、世界一の栄誉やオリンピックの金メダルだけではなく、彼女たちのこれからの人生を拓き生きるために最も必要なものでもあるはずだと私は思う。
ゲームセット。泣きながら抱きあい、背をたたきあって勝利の喜びを分ちあっている選手たちを見て、私も涙がこぼれそうになった。この日のために、選手たちが多くのものを犠牲にしてきたという物語や、鬼と呼ばれた監督の激しさを伝えた記事が、今日までどれほど書かれ読まれてきたことだろう。日本中の期待を裏切ってはならないという責任感や、ここまで来たのだから何がなんでもやり抜かねばならないという切羽つまった気持が、泣いている選手たちの頭上に幻影となって湧き上がってくるのが見えるようだった。
実のところをいえば私は、これだけ書き立てられて、これだけ騒がれて、それで負けたりしたらどんな気の毒なことになるかとヒヤヒヤしていたのだ。ああ、勝って、本当によかった。
(中略)頭脳と容姿と体力を含めた精神力と、三拍子そろったあなた方の、これからの人生の幸福を私はお祈りしています。しかし私は同時に、これだけの女性たちを育てあげた1人の男性に感謝しなければなりません」
河西に日本女性の自立を見出すあたりが、社会に鋭くメスを振るった有吉らしい視線でもある。