高速道路網の整備、大都市への人口集中による地方の過疎化、移動手段の変化……。さまざまな理由が重なり、戦後から現在に至るまで、およそ400もの鉄道路線が“廃線”となり、輸送手段としての役目を終えた。

 一方、日本の鉄道の歴史には、計画されたものの、一本の電車も走らずに終わった路線、つまり“廃線”すら叶わなかった路線も数多く存在し、それらは“未成線”と呼ばれる。経済的な問題であったり、軍事目的で計画されたものの終戦で当初の目的が失われたり、政治的な兼ね合いであったり、完成に至らなかった理由はさまざまだ。

“未成線”巡りという愉しみ

 そんな“未成線”巡りがにわかに注目を集め始めているのだ。

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島根県浜田市にある未成線の遺構

「全国未成線サミット」というイベントも開催されており、島根県浜田市で行われた第3回目のサミットには、なんと総勢250名もの人々が集まった。

 なぜ浜田市でサミットが開催されたのか。言わずもがな、浜田市に未成線「今福線」があるからだ。未成線は、一般的に、その後のインフラ整備等を理由に当時の姿が失われていたり、観光資源として積極的に活用すべく、敷かれてあった線路の一部でトロッコ列車を運行したりすることが多いが、浜田市に残された未成線は、当時の姿がそのまま、かつ大規模に残されている点が大きな特徴の一つだという。

 移動編集部は、そんな「今福線」の遺構を巡るべく、浜田市産業経済部観光交流課の井上貴之さん、山本隆之さんの案内のもと現地を探訪した。