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ーーやはり、お給料が入ると使っちゃいましたか。

慶太 毎月、ゼロになるまで使い切ってましたね。

祥太 服も買いまくったし、バイクに乗ってたから、いろいろと掛かりましたしね。

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慶太 最初は原付きで、ふたりして中型、大型の免許を取って。

祥太 あと、友達によくおごってあげたりもしてたし。20歳になってからは、お酒は飲まなかったけど、タバコを吸い出したのでタバコ代とか。でも、そんなもんです。

芸能の仕事がだんだん減ってきたとき、率直な「気持ち」は

ーー20歳を過ぎたあたりから仕事が減ったのを感じたそうですが、焦りみたいなものは。

祥太 まあ、いいやって感じでした。流れに身を委ねていたところがあったので。

慶太 だって、焦っても仕事って来ないじゃないですか。こういう芸能の仕事は、待つのも仕事のうちなんだとも思ってたし。

 だから、ガテン系のアルバイトをやりながら、芸能の仕事が来たら引き受けるようにして。で、ガテン系が続いてしんどくなってきたら、今度は芸能のほうに注力して気持ちを切り替えてました。

 

祥太 芸能の仕事って、急にキャラクターやイメージを変えたところですでに遅いし、かえって減っていっちゃうもんなんですよね。そう考えてガテン系の仕事も続けていくうちに、そっちが楽しく思えたり、好きになっていきました。

ーーガテン系のバイトは、ふたりともやられてたんですか。

慶太 そうです。地元の鴨居にある解体屋や水道屋でやらせてもらって。

ーーバイトを始めた時期は、年齢的にいうと。

祥太 ハタチを超えてから。

慶太 22、23あたりです。そこで芸能という仕事に対しての向き合い方も変わって、いまに至っています。