1ページ目から読む
3/6ページ目

 起きるとふたりの子にごはんを食べさせ、下の子の保育園への送り届けも担当。その後、最寄りの駅前でひとりコーヒーを飲んで、ようやくひと息。間を置かず、挨拶回りや取材対応のため都心へ出向いてきたのだった。

「これまで顔出しせずにやってきたし、職場でも近所でも小説を書いているなんてほとんど誰も知らない状態だったから、平穏に過ごせたし書くことに集中できた。でもこの取材も含めて、写真とか載るんですよね? うーん」

 まあなんとか折り合いをつけますがと言いつつ、少々当惑気味な様子。読者の側からすれば、『ブラックボックス』で見せてくれたような、生活の匂いがしっかりする描写や作風が保たれるのを願うばかり。

ADVERTISEMENT

 ただし作風のことを言えば、砂川さんは今作で大きな転換を遂げている。デビュー作の『市街戦』や芥川賞候補作だった『戦場のレビヤタン』『小隊』は、タイトルからも察せられる通りいずれも戦争・戦闘を描いたものだった。

愛煙家の一面も。銘柄はアメリカンスピリット。 撮影:杉山秀樹/文藝春秋

「エッセンシャルワーカー」といった言葉にまとわりつく違和感

『ブラックボックス』は、これまでの砂川作品のラインアップからすれば異色作となる。

 記者会見でも作風が変わったことへの質問は飛んだ。理由を問われ砂川さんは、

「自分が小説を書くうえで、足りないものがあるので掘り下げたかった。ひとことで言えばそれは、人です」

 と答えていた。戦闘のような出来事よりも、人それ自身をもっと描き出したいということだろうか。

「そうですね。描くべき対象としての人物にもっと向き合わなきゃダメだと思って取り組みました。

 高校時代から小説を読むようになって、同時に書くことも意識するようにはなったんですけど、ようやく初めて自分で一作書き上げられたのは、デビュー作になった『市街戦』です。そのときは無我夢中で、勢いのまま書いただけでした。

 当時は自衛隊にいましたから、その環境で知り得たことを題材に使いました。もちろん生の素材をそのまま使うのではなく、想像で補完しながらですが、想像の濃度がまだまだ低いとどこかで感じていました。

 今までの勝手知ったるフィールドや戦法とは違ったやり方で、個にアプローチしてみたいです、と編集の方に相談して、書いてはダメ出しを受け、というのを繰り返しました」