値段が手ごろで、注文してから出てくるまでに時間もかからないことから、ラーメンは日本人の国民食として長らく庶民に愛され続けてきた。
しかし、昨今は1杯1000円を超えるものも珍しくなく、「ラーメンだって、美味しいなら高くて当然」という価値観が浸透してきている。それとともに増えたのがラーメンについての「ウンチク書き」だ。
ラーメン業界を専門に、デザイナー、イラストレーター、漫画家、エッセイストなどとして活躍する青木健氏によると、「ウンチク書き」が生まれたきっかけには、ある食材の存在があるという。ここでは同氏の著書『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(光文社)の一部を抜粋。ラーメンについての知られざる歴史の一面を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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ラーメンのウンチク書きが増えた理由
1990年代、ラーメン界には無化調というムーブメントが巻き起こりました。吉祥寺にあった「一二三」(1989年創業)が、その先駆け。
そんな中、秋刀魚の煮干を使った「麺屋武蔵」が現れる。当時の店主・山田雄さんが、まず秋刀魚の煮干を使った料理店をやりたいと考えた。あちこちの水産会社で断られ続けるも、石巻の会社が承諾し、独自に製造してくれることに。そこで山田さんがひらめいたのがラーメンでした(現在、新宿店では秋刀魚節を使用)。そしてオープンすると、連日1~2時間待ちの大行列となる……この事実の持つ意味は、たんに美味しいラーメンをつくった、にとどまりません。
それまでラーメンの評判と言えば「あの店は美味しいらしい」だけでした。それを、秋刀魚の煮干という未知のキーワードによって、客側に「どんな味なんだろう?」と想像させ、好奇心という新たなニーズを引き出し、エンタメ的な面白さを加えました。つまり、ラーメン屋さんに行く動機を変えた。これはとても画期的なことだったのです。なにしろカップル客が激増しましたから。
それによって「麺屋武蔵」の成功に追いつけ追い越せと、さまざまな新食材が次々に投入されていきました。この時代は本当に目まぐるしく、毎月のように、より珍しいもの、意外なもの、高価なものが次々と登場。そのようにして無化調、厳選素材が増えた結果、ラーメンの原価がぐっと上がったのです。もちろん価格に反映させざるを得ず、しかしそもそも客は材料の原価など知らない。そこで、その理由を明示しておく必要が出てきた。「うちはこんなに希少な素材を使ってるんです。だから高いんですよ」と。それで一時は、ラーメンを待っている間には半分も読めないような長編ウンチクが店内に溢れていたのです。
それから25年ほど経った現在は、使用食材をこまごまと書き出している店はぐっと減りました。高価な素材を使っている店でも、特に謳っていなかったりします。今は客側も「原価や手間がかかっている」ことを理解しているし、とりわけ若い世代には「ラーメン=庶民の食べ物」「安くて旨い」という先入観がありません。ここ数十年で「ラーメンだって、美味しいなら高くて当然」という価値観が育まれた。ラーメンを十把ひとからげにしていないのです。それは価格の壁や食材の高騰と戦いながら、食事環境を整えたり、接客の質を向上させ続けてきた、ラーメン店すべての経営努力の賜物です。