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選手たちの生理の調整に影響

 だが、小島の戦闘モードを一気に萎ませる大事件が起きた。

 決勝前日、オリンピック村にあるイスラエル選手の宿舎をアラブゲリラが襲撃。アラブゲリラはイスラエル選手9人を人質にミュンヘン郊外の空軍基地にヘリコプターで移動したものの、ミュンヘン警察と激しい撃ち合いになり、イスラエル選手、ゲリラ、警察官16人が死亡した。

 平和とスポーツの祭典は、五輪初の血塗られた悲劇になった。

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 五輪の試合は1日中断された。これが日本に思いがけないダメージになる。決勝当日になって中心選手2人の生理がはじまってしまったのだ。当時選手らは、ホルモン剤を飲んで生理日を調整していた。その選手2人は、決勝戦翌日に生理が始まるよう綿密な計画を立て、薬を服用していたのである。

 小島がかつて、苦虫を嚙み潰すように言った。

「しかも悪いことに、生理が重い2人だった。彼女たちは生理が始まるとジャンプ力は落ちるし、動きが緩慢になる。しかも、腹痛のせいか集中力も欠けてしまう」

 それでも小島は、チームの結束を考え2人をスタメンに起用した。キャプテンの松村勝美は、それ以上に試合前日に選手ミーティングが出来なかったことがダメージになったという。

「あの時は、選手村で自分の部屋から出ることも禁じられていたので、みんなが集まって気持ちを一つにする確認作業が出来なかった。不安を抱えたまま決勝に臨むしかありませんでした」

ミュンヘンで激闘を続けた1人の白井貴子選手 ©文藝春秋

 セッターの松村は、東京五輪のときの控え選手だった。メキシコ五輪には選抜されなかったが、ミュンヘン五輪ではチームの要であった。

 不安を抱えながら部屋に閉じこもらなければならなかった空白の1日は、選手の心理にも大きなダメージを与える。メキシコ五輪に出場した選手は3人いたものの、スタメンで起用されたのは古川牧子1人。オリンピック初出場の緊張に加え、ミーティングが出来なかったことで不安はさらに膨らみ、選手は試合前から足が地に着いていなかった。

 因縁の日本対ソ連の好カードだったせいか、テロの悲劇を忘れたかのようにドイツ人の観衆が決勝会場をぎっしり埋めた。