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江戸の人も現代人も、心持ちは大して変わらない

「信じるという言葉をキーワードに、江戸時代の流行神、おまじない、噂話の類を表した浮世絵を集めています。企画のきっかけは、昨今のコロナ禍の世相ですね。

 コロナ以前なら江戸時代の民間信仰は、『なんか非科学的。昔はほんとにこんなこと信じてたの?』などとあしらわれがち。そんなテーマじゃあまり関心を呼ばなかったと思います。

 でもいざ疫病が流行する時代になると、江戸時代の民間信仰が掘り起こされましたよね。そう、2020年の早い時期に流行したアマビエのことです。謎の妖怪が現れて、自分の姿を描いて御札にせよと言い残したという。現代の私たちも、そんな非科学的な話にすがったのでした。

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(撮影:釜谷洋史/文藝春秋) 

 そうした動きを見ると、江戸の人も現代人も、心持ちは大して変わらないと分かっておもしろい。『信じる』をテーマにした浮世絵展は、今の時代を考える企画になり得ると判断しました」

浮世絵は庶民の暮らしに寄り添う芸術

 今展で紹介されている浮世絵の絵柄は、なんともユニークかつユーモラス。

 歌川国芳《奪衣婆の願掛け》は、内藤新宿正受院の奪衣婆像が幕末、信仰の対象として大いに人気を博した様子を浮世絵にしたもの。「背が高くなりたい」「素敵な人と結婚したい」と好き放題に願われる奪衣婆の、うんざり顔の表現がお見事だ。

歌川国芳「奪衣婆の願掛け」(提供:太田記念美術館)

 作者不詳の《大都会無事》では、地震の原因とされていたナマズを擬人化。1855年に起きた安政の大地震の後に、こうした「鯰絵」は大量に出回ったという。

 どの浮世絵からも、江戸庶民の想像力のたくましさが窺える。

「《奪衣婆の願掛け》は、無節操な流行に対する風刺が効いていますね。鯰絵は出来事をキャラクターに象徴させることで、主張を広めたりイメージを増幅させたりしている。浮世絵というメディアのおもしろさやしたたかさがここによく出ています。作者不詳になっているのは、江戸時代は時事ネタを取り上げると幕府からしばしばお咎めを受けたので、作者名をあえて書かなかったのでしょう。地震のあとなどは特に、よからぬ噂が流れてはいけないと幕府が目を光らせていたようですから」

 展示を巡ると、かわいい絵柄も見つかる。歌川国芳《木菟に春駒》には、なんとも愛らしいミミズクのキャラクターが描かれている。