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7球団と面談を行ない、エンゼルスに行きついたプロセス

 実際、ピッチャーとしての大谷は、日本を離れるときの松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大ほどの完成度には至っていない。バッターとしても、メジャーに挑んだときのイチロー、松井秀喜の域にまでは辿り着いていない。もちろん、誰と比べても大谷のポテンシャルが劣らないことに疑う余地はないが、現時点で、ピッチャーとしてローテーションに入ってフルシーズンを投げ抜くための体力や、細かなコントロール、ゲームメイクをする能力は、まだまだ発展途上だ。バッターとしてのほうが完成度は高いのかもしれないが、相手を知り、バッターボックスで実戦のデータを蓄積してから打つタイプの大谷が、すぐにDHとして結果を出せるとは思えない。しかも、大谷は二刀流なのだ。時間も体力も他の選手の倍、必要なのに、限られた時間、体力の中で、レベルを上げていかなければならない。

 だから、急ぐ必要はどこにもなかったのだ。行きたいチームも行かなければならないチームもなかった大谷は、代理人のネズ・バレロ氏が各球団に求めた7項目の質問に対する回答を、何の先入観もなく熟読した。各球団の考え方に触れた大谷は感覚的に違和感を覚えた球団を外し、大谷自身のことではない、たとえば他の日本人選手に迷惑を掛けたくないといった理由などで外さなければならなかった球団を外し、結果、ジャイアンツ、カブス、ドジャース、マリナーズ、エンゼルスの5球団を選んだ。その後、パドレスとレンジャーズを加えた7球団と面談を行なうことにしたのだと聞く。

 こうした前提を踏まえた上で、エンゼルスのエプラーGMの言葉をリフレインしてみると、大谷が「縁」と表現したこととつながってくる。DHのアルバート・プホルスは一塁も守れるとか、先発ローテーションがあいているとか、そういうこととは関係なく、つまり1年目からメジャーで前例のない二刀流プレイヤーをいきなり走らせるつもりはまったくなく、ポテンシャルの高い歳のプレイヤーをゆっくり歩かせたいと語ったGM──その言葉から垣間見えるエンゼルスの急がないスタンスが、大谷を安心させ、信頼させるまでに至らしめた。それは、エンゼルスタジアムでの会見で大谷が口にした「まっさらな気持ちで何もなく、オープンな気持ちで話していく中で、何かエンゼルスに縁みたいなものを感じて、ここに行きたいなという気持ちになった」という言葉とも重なる。

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©文藝春秋

 大谷が追い掛けているのは、マックス・シャーザーでもなければクレイトン・カーショウでもない。もちろんブライス・ハーパーでもなければマイク・トラウトでもない。彼が追い掛けているのは、心の中に作り上げた野球の神様だ。大谷にとっての野球の神様は白髭のおじいさんでもなければ女神でもない。世界中の誰よりも野球がうまい存在なのだ。だから大谷はタイトルを獲ろうが、年俸がいくらになろうが、満たされることがない。野球の神様に追いつこうと思えば練習のための時間はいくらあっても足りないし、だから彼は野球に関して生き急いでいるのである。

 ただし、大谷は自分の課した速度で歩いている。結果から成長の度合いを測る周りと違って、練習でも野球がうまくなったことを感じ、長いスパンで野球人生を考えている。だから、メジャー1年目の大谷に周りが期待することと、大谷自身が期待することにはギャップがあるはずだ。1年目から、大谷が二刀流プレイヤーとしてメジャーで圧倒的な数字を残せるとは思わないほうがいい。ただし、5年経ったときの大谷がメジャーで例のない二刀流プレイヤーとして、とんでもない結果を叩き出している可能性は極めて高い。つまり、大谷のメジャー挑戦はそういう道を辿るはずなのだ。スタートから走らせようとした球団に、大谷が縁を感じるはずはなかった。エンゼルスは、大谷を歩かせようとしている。それは5年前、「急がば回れ」というメッセージを掲げて大谷を口説き、5年後、その縁に感謝されたファイターズと同じ発想だった。そう考えると、大谷がエンゼルスを選んだのは必然だったように思えてくる。

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