体育館に布団を敷いて選手たちを寝させる
強豪国との溝の深さを目の当りにしてきた山田の指導ぶりは、ますます狂気をはらんでいく。ソウル五輪で金メダルを獲るためと、練習相手に高さとパワーが必要と男子選手のチームを作り、韓国、ソ連、中国を仮想しながら繰り返し練習試合を行った。
五輪を初めて闘う大林素子は、その練習の激しさにたじろいだ。
「韓国戦を想定した練習は、わざと喧騒の中で行っていました。スタッフが夏の高校野球が行われている甲子園球場に出向き、観客席の応援を録音したものを体育館に流していたんです。韓国は反日感情が強かったので、試合中はブーイングで1メートル離れた選手間同士の指示も聞こえないはずだから、騒音に慣れろって」
仮想中国戦ではこんなこともあった、と大林が笑いながら言葉をつなぐ。
「中国に見立てたチームに負けたんです。するとその夜、寮に帰ることを許されず、体育館のコートのそれぞれのポジションに布団を敷いて寝かされた。真っ暗な体育館で非常口の非常灯の明かりが不気味だった。もう怖いのなんのって……。頼りになるのは一緒に布団を並べている仲間だけ。たぶん監督は、その日の練習でチームの和が乱れていることに気づき、暗がりの中でもう一度仲間の存在を確認させたかったんだと思います」
また、ソウル五輪まで1週間に迫ったときだった。仮想ソ連チームとの試合で全日本組が負けた。
山田は、選手が凍りつきそうな行動を取る。
「『もう、お前たちの五輪は終わった』と言いながら、体育館にあった白球全部に錐で穴を開け、そしてネットをズタズタに切り裂いた。白球に錐を刺すなんて、私たちからしたら心臓をえぐられるのも同じこと。泣きながら止めたんですけど、そこまでして私たちの精神を極限状態にまで追い込みたかったんだと思います。日の丸を背負う覚悟は、心臓をえぐるにも等しいって……」