それでも大学で行われた企業面接を2社受けてみると、そのうちの1社に内定した。東京に本社がある、電子部品の製造会社だった。
「弊社には海外の支社がたくさんありますので、海外で働けるチャンスもあるでしょう!」
面接時のこの言葉に背中を押されただいじろーは、新入社員として上京した。
先輩の「何飲みますかって聞けよ!」に違和感
いざ研修が始まると、予想に反して社内の空気がピリピリしていた。だいじろーが回想する。
「始業は午前8時半からなんですけど、7時半には出社して、掃除機でオフィスを掃除しないといけませんでした。先輩のパソコンの電源を入れたりとか。初日の段階で、この会社は僕には向いていないなと思いました」
だいじろーは下戸だが、社内の飲み会にも付き合わざるを得ない。先輩のグラスが残り半分に達したら、
「おい! 何飲みますかって聞けよ!」
とたしなめられた。
海外行きのチャンスも「最低10年は日本で経験を積まないとなあ」と、面接時からかなりトーンダウンした回答に変わっていた。やはり2~3年で海外駐在に出してもらえるほど甘くはなかった。
原点に立ち返り、「やっぱり海外に行きたい」
「体育会系の恐いノリにやっぱりついていけず、段々と朝起きられなくなりました。体が重く感じ、メンタルをやられているのかなと思いました」
辞意を伝えると、その日のうちに退社させられた。
「もし2年後に海外に行けます、だったら我慢できたと思うんです。でもさすがに10年は……。それにしてもその日に帰れって、ひどいですよね」
何の猶予期間もないままの突然の退社だったため、その後のことは何も考えていない。自分の手で収入を得るにはどうしたらよいだろうか。とりあえずブログをやってみたりしたが、それで生活費を稼ぐにはほど遠い。色々と思いあぐねた結果、だいじろーは自身の原点に立ち返った。
「やっぱり海外に行きたい」
ネットで海外の求人情報を検索し始めた。
その2カ月後にはスーツケースを手に、タイの首都バンコクへ降り立っていた。
写真=石川啓次/文藝春秋