昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「グリコの由来は息子を救った“グリコーゲン”」「ポッキーはボツになりかけた」… 〈創立100年〉江崎グリコの創業者がショックを受けた‟女学生”の意外な一言

2022/03/13

「一粒300メートル」という印象的なキャッチコピーで人気の『グリコ』をはじめ、大人気のお菓子を作り続けてきた食品メーカーの江崎グリコ。

 江崎グリコは、今年の2月11日、創立100周年を迎えた。それを記念して、大阪、道頓堀のグリコサインに特別映像を流したり、特別サイトを開設したりと、アニバーサリーイヤーにさまざまな試みを実施し、大きな注目を集めている。

 今回は、江崎グリコの歴史を紹介する江崎記念館の館長・石橋達二氏に、超人気商品の誕生秘話や、創業者や開発担当者たちが商品に込めた情熱、さらにグリコのこれからの展望について聞いた。

『グリコ』は栄養素グリコーゲンが名前の由来だと知ってましたか?

――創業者である江崎利一氏と、創業のきっかけになった超ロングセラー商品の『グリコ』誕生について教えてください。

石橋 江崎はもともと佐賀で薬屋をしていました。ですが、地元でその商売人生を終えるつもりはなかったようで、“人々の健康”のためにできることを模索し、大阪で商売をしたいと考えていたそうです。

 普段から健康に関する情報収集を続けていた江崎は、1919年に佐賀の有明海で獲れる牡蠣に目をつけます。当時は、日持ちしない牡蠣の生食はあくまで地元の人が食べるだけ。商品としては茹でた後に干物にして中国に輸出していました。江崎はこの工程で捨てられていた大量の煮汁に、疲労回復などに効果があるとされている栄養素のグリコーゲンが含まれることを知ることになります。

江崎グリコの創業者であった江崎利一。

 江崎にはかつて、チフス(細菌感染症の一種)にかかっていた息子にグリコーゲンを与えたことで命をつなぎとめた経験があったこともあり、自身の信じる健康哲学と商売の未来に、このグリコーゲンが大きな力を貸してくれると確信していました。そして、これを対症療法である薬として届けるよりも、食べ物として日常に浸透させることに意義があると思った江崎は『グリコ』の開発に乗り出します。

z