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――りえ子さんが8歳の頃に両親が離婚されて、お母さんの登茂子さんに引き取られていますが、その後も赤塚先生とは仲が良かったのでしょうか。

赤塚 小さい時は本当に遊んでもらっているって感じで、父のことがとにかく大好きで大好きで。離婚した時は寂しい思いしたけど、私はなんとも思っていないし、全然憎んだりもしていないです。母は結婚した時は苦労したと思うんですけど、でもうちの母は父の悪口を私に言ったことがないし、むしろ面白おかしくいろんなことをギャグで言っていたので。

価値基準は「面白いか、面白くないか」

 両親が離婚してから父と再会したのは、私が中学生の頃だったんですよね。最初は緊張してよそよそしく「こんにちは……」みたいな感じだったんですけど、気づいたら「バカ親父!」とか「クソガキ!」とか言い合う間柄になっていましたね。

 私が高校生になって以降は本当によく会っていました。その時は何かくだらないことをして、父に褒められたいっていう感覚でした(笑)。「バカだなー、くだらねーなー」って笑ってもらいたくて。

故・立川談志と赤塚不二夫 ©文藝春秋

――友達みたいな感じですね。

赤塚 そうですね。もちろん娘っていう感覚はあるでしょうけど、娘というより“人間”として付き合ってくれていたのかなって思います。父は相手の社会的な地位など全然関係ないんですよね。一番重要なのは、“面白い”か、“面白くない”か。やっぱり「つまんねーなー」とか言われるとなんかちょっとショックで(笑)。「つまんねーなー」はダメ出しなので。

 父に「バカ娘」ってずっと言われ続けていましたからね。ある時、父の家に遊びにいくと取材の方がいて、「こいつねー、うちのバカ娘!」って父が紹介して。「バカ娘!」って大声で言われても困っちゃいますよね、取材の方も(笑)。

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