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核戦略基地視察で感じたこと

 私のアメリカ核戦略基地見学は、旅程からSAC、NORADの順になったが、SACを見た後、あのコロラドスプリングス郊外に、水爆を直接被爆しても機能に障害がないよう、アメリカ中で最硬とされる岩質の巨大な岩山シャイアンマウンテンの胴腹を深くくり抜いて、断面の直径が数十糎の鋼線でつくられた、直径数米の大コイルスプリングを縦横左右無数に配して、山中の巨大な洞窟に吊られた丸ビルの数倍大のNORADの本部ビルディングを眺め終って、私は大がかりな手品のあっけない種明しをされたような虚しさに襲われた。

 確かに、水爆の直撃にもめげず、NORADは生き残るだろう。アメリカを生き残らせ、生存のための報復をSACに遂げさせるために、彼らは、あの地中数100米(メートル)の、硬質な岩盤と厖大(ぼうだい)なセメントに囲まれた城の中で生き残るだろうが、それは余りにもはっきりと、彼ら自身のためでしかないのだ。そして、考えて見れば、それが当り前の話でもある。

 ある席上、私が以上のような発言をしたら、自民党における安保評価のいわば先鋒である賀屋興宣氏と、元防衛庁事務次官の加藤陽二氏は強い不満を唱えたが、それなら、両氏に、アメリカの現況の核戦略機能の上で、そうではないという反証がどのように出来るのであろうか。

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©文藝春秋

 日米安保の、実は核戦略に関しての形骸性を、一番良く認めているのはソヴィエトであって、昨年の訪米前立ち寄ったモスクワで会談したイズベスチュアの編集局長と外交部長は、彼らは現政権が変れば退陣し、その点、その発言は、高級事務官扱いでしかないグロムイコ外相などよりも責任と信憑性があるが、日本における核散防条約反対の先鋒である私を非難し、次いで、私が日本の核保有をほのめかし、安保支持であるという最悪の2つの誤りを冒していると断じたが、私の反論急なるを見て、最後に、これはオフレコだが、我々としては日米安保は認められる。

 あれがあるから、核散防反対も核保有もしなくてもいいではないか、といった。同じことを、先年開かれた世界戦略専門家会議で、ソヴィエト代表が、日本の代表にも洩らしている。

 要するに、日本が形骸でしかない安保を盲信し切っていることは、日米安保下、日本にとっても核戦略上の仮想敵国であるソヴィエトにとっては、戦略上最も害がなく都合いいことは顕かである。

 ついでにのべるが、日本の防衛論の小さな偽瞞のひとつは、我が国にとって仮想敵国はない、という政府の弁である。SACやNORADのブリーフィングで、担当将官ははっきりと、我々のICBMはソヴィエトをポイントアウトしている、といい、彼らは敵ではないが、Specific enemyではあるといっている。

 それを何と訳すかは勝手だが、ソヴィエトをポイントアウトしているICBM配下の日米安保下に自ら望んで身を置く日本が、いずこにも仮想敵国がない、などといういい方は、ただ奇麗ごとの、自らの偽瞞でしかない。軍事における仮想敵国視と、外交における友好促進とが、並列し得るものである、いや、堂々と並列すべきものであることを知るべきであろう。