2022年2月1日、89歳でこの世を去った石原慎太郎氏。一橋大学在学中の1956年に作家として鮮烈なデビューを果たし、1968年に政界進出後は政治家としても大きな注目を集める存在となった。
ここでは、同氏の文筆活動のエッセンスをまとめた『石原慎太郎と日本の青春』(文春ムック)から、1970年に日本の防衛論について綴った「非核の神話は消えた 1970年の先駆的核保有論」の内容を紹介する。(全3回の2回目/3回目を読む)
◆◆◆
北米大陸のためにしかない核の傘
日本はNORAD(編集部注:北アメリカ航空宇宙防衛司令部)の警備機能の、攻撃発見時の早期性と、時間の許容限度の接点の、はるか外れた遠くにしかない。つまりNORADは、決して日本のためには働かない。アメリカの核戦略の基本的建前の制約に縛られて、核攻撃を受けた、という報復の実動を伴った重大な決定を日本のために下す能力をNORADは持っていないのである。
そして前に記したように、SAC(戦略航空軍団)は、どこにいかなる事態が起ろうと、NORADの攻撃認知がない限り、迎撃にも、報復にも発進しない。
仮りに、NORADが日本の被核攻撃を認知し、その迎撃を命じたところで、今日のABM(弾道弾迎撃ミサイル)やICBM(大陸間弾道ミサイル)の性能からいって、たとえ純防禦用のABMが日本に配置されていたとしても、あるいは日本近海にポラリス潜水艦が配備されていてもその発進は日本の被爆、(それは今日の核兵器のマーブ〈多核弾頭弾〉化やフォブス〈一部軌道人工衛星弾〉化、モブス〈多軌道人工衛星弾〉化の現状からすれば、瞬時の全滅を意味する)の後にしか行なわれない。
大体、SACに絶対的に先行するNORADというイニシャルからして、アメリカの核戦略が、所詮、字の表す通り、北米大陸のためにしかない、ということが元々明らかなのである。アメリカは、万が一の時、その核の傘で日本を守らない、のではなく、その建前が規制した戦略機能からいって、守れないのである。いざの時、日本を守れない戦略体制が、日本のために抑止力たり得る訳はない。
ということを、アメリカも知っていながらいわず、日本の与党もまた、知ってか知らずか、核戦略的には実質形骸でしかない日米安保を評価し、我々はそれを選んだ代償を今日も払っているのである。全く馬鹿な話である。