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グリコ・森永事件の現場鑑識が記した“誘拐現場の異様”「犯罪傾向の進んだ人物による計画性の高い犯行というのが第一印象」《昭和の未解決事件》

グリコ・森永事件の現場鑑識が記した“誘拐現場の異様”「犯罪傾向の進んだ人物による計画性の高い犯行というのが第一印象」《昭和の未解決事件》

『二本の棘 兵庫県警捜査秘録』より #3

2022/03/15

genre : ニュース, 社会

 前述したとおり、前年(1983年)3月より兵庫県警鑑識課の課長補佐(現場検証、企画、警察犬担当)という立場にあった私も、すぐに現場へ出動することになった。

 現場鑑識の仕事は、犯罪が起きた場所から指紋や遺留品、足跡、DNAなどの鑑識資料を採取することに加え、遺体の身元確認作業、また警察犬を使った捜査なども担当する。鑑識の仕事については別頁でも触れるが、殺人事件ではときに凄惨な現場を直視しなければならず、また放火や変死、自動車や列車、航空機の事故など専門的な知見が必要になるケースも多数あるため、ハードなうえに勉強も必要というのがこの部署の特徴である。

「焼き切り」で割られていたガラス

 私が現場に到着したのは午後11時を過ぎた時間だった。2年前に40歳の若さで副社長から社長に昇格したという江崎氏の邸宅は、西宮署からわずか300メートルほどの位置に建つ、北欧風の瀟洒な一軒家だった。

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事件で青酸入りの菓子が置かれたコンビニの防犯カメラ映像

 敷地内には、江崎社長の母が1人で住む母屋と、社長一家(夫人、長男、長女、次女)が暮らす家の2軒が隣接する形で建っていた。「2人組の男」はまず母屋に侵入し、当時70歳の母親を脅して合鍵を奪うと、母をビニールロープやガムテープで縛り、江崎社長の家に正面から侵入。社長の自宅にはセコムの最新防犯システムが設置されていたが、男たちは通常の方法で家に入ったため、システムは作動しなかったことが分かった。

 そのとき江崎社長は長男、次女とともに入浴中だった。目出し帽をかぶった2人組の男は、室内にいた夫人をテープで縛り上げると、銃のようなもので江崎社長を威嚇し、浴室から連れ出した。その後、自力でテープを外した夫人が110番通報したが、すでに江崎社長は拉致された後だった。

誘拐された江崎勝久社長

破られた勝手口のガラス戸

 上場企業の社長が誘拐されたとの一報を受け、捜査一課長も直々に現場に入った。手入れの行き届いた庭園のある敷地は、さすが上場企業の社長宅と思わせる広さだった。

 まず、犯人が最初に侵入した母屋の勝手口から鑑識作業が始まった。

「ああ、焼き切りや……」