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 犯人が侵入したとみられる勝手口のガラス戸が破られており、残ったガラス部分にガムテープが貼られているのを見て、すぐにピンときた。

 私は20代から30代にかけ、長く捜査三課に在籍したことがある。捜査三課は窃盗犯の捜査を担当するが、昭和の時代には空き巣が家屋に侵入する際、よく「焼き切り」という手法を使っていた。

犯罪傾向の進んだ人物による、計画性の高い犯行?

「焼き切り」とは、温度差を利用してガラスを割る手法である。ライターなどでガラスを熱した後に水をかけたり、あらかじめ濡らしておいたちり紙などをガラスに貼り付け、別の部分を火であぶると、昔のガラスにはすぐにヒビが入った。

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 あらかじめ、ガラスにガムテープを貼っておくと、割れた際に音がせず、またガラスの飛び散りを防ぐことができる。窓に穴ができれば、そこから手を差し込んでカギを開け、窓から侵入することができる。犯人はこの伝統的な手法で母屋に入ったことになる。

犯人グループの一員と目された「キツネ目の男」を探すポスター

 もともと、こうした手法を使うのは素人ではなく、常習犯がほとんどである。過去の事例では、刑務所などでそうした知識を仕入れ、実践している累犯者が多かった。ただ今回の事件の場合は、割合派手にガムテープがガラスに貼られていたように見受けられ、念には念を押してガラスが飛び散らないようにしたか、あるいはこうした「焼き切り」の経験がそれほどなく、加減がよく分からなかったのではないかとも考えられた。

 いずれにせよ、犯罪傾向の進んだ人物による、計画性の高い犯行――それが私の第一印象だった。

「現金10億円」と「金100キロ」の要求

 江崎社長はどこに連れ去られたのか。日付が変わった3月19日午前1時、西宮署に「江崎社長拉致事件」捜査本部が設置された。

 その15分後、大阪・高槻市のグリコ役員宅に不審な電話が入る。男の声だった。

<高槻市真上北自治会の釜風呂温泉の看板の前の電話ボックスを見ろ>

 大阪府警の機動捜査隊員が現場に急行したところ、指定の電話ボックスから茶封筒が発見された。中からはタイプライターで文字が打たれた紙が見つかった。