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グリコ・森永事件の現場鑑識が記した“誘拐現場の異様”「犯罪傾向の進んだ人物による計画性の高い犯行というのが第一印象」《昭和の未解決事件》

『二本の棘 兵庫県警捜査秘録』より #3

2022/03/15

genre : ニュース, 社会

 昭和最大の未解決事件のひとつ、「グリコ・森永事件」。1984年3月から1年5カ月にわたり、「かい人21面相」を名乗るグループが食品企業を次々と脅迫。日本事件史上、類を見ない「劇場型犯罪」に日本列島は震撼した。

 事件から40年近くが経過し、未だに多くの謎を残すこの事件。当時、捜査の現場では一体何が起こっていたのだろうか?

 捜査一課の調査員としてグリコ・森永事件の捜査を担当した兵庫県警の山下征士氏が、自身が携わった多くの事件について記した著書『二本の棘 兵庫県警捜査秘録』(KADOKAWA)より、事件に関する一部を抜粋して転載する。(全2回の1回目/後編を読む)

◆◆◆

兵庫県警の通信司令部に110番の連絡が…

「人事異動前の事件には気をつけろ」

 これは、刑事たちの間でよく語られる、捜査上の心得である。

 あとわずかで内部の人事異動が控えた時期に、大きな事件が起きたとする。だが、それによって人事が凍結、延期されるということは基本的にない。

 初動を指揮した幹部がすぐに別の担当者に変わったりすると、引継ぎが不十分になったり、捜査方針が揺らいだりすることが往々にしてある。

警察が公開した脅迫電話の録音テープ(東京) ©時事通信社

「グリコ・森永事件」はまさに、そんな事件の典型例だった。

 1984(昭和58)年3月18日午後9時36分。街に行き交う人通りも消えた日曜日の夜、兵庫県警の通信司令部に110番の連絡が入った。

江崎勝久社長が何者かに拉致される

「2人組の男に押し入られ、テープでくくられた!」

 通報者は女性、一部上場企業「江崎グリコ」社長夫人だった。

 この通報は、すぐさま西宮署に伝達された。

「緊急指令。二見町の江崎勝久邸で拳銃強盗容疑事件発生」

 ただちに西宮署員が現場に急行する。午後10時過ぎ、国鉄(現・JR西日本)甲子園口駅から300メートルほどの距離にある江崎社長宅にパトカーが到着。だが、江崎勝久社長は何者かに拉致された後だった。