<人質はあづかった 現金10億円 と 金100Kg を よおい しろ>
金銭を要求する脅迫文が発見されたことで、江崎社長の拉致は誘拐目的であることが濃厚になった。すでに江崎社長が何者かに拉致されたという一報は報道各社にも伝わっていたが、捜査本部は深夜になって「報道協定」を記者クラブに申し入れる。
協議の結果、報道協定は結ばれることとなった。翌朝3月19日の新聞の一面に「江崎社長 拉致」の見出しが踊ったものの、その後2日間、続報は途絶えることになった。
指定のレストランへ捜査員が急行したが…
江崎社長宅には、誘拐事件等を担当する兵庫県警捜査一課の「特殊班」に所属する刑事たちが泊まり込み、逆探知の準備をして犯人側からの接触に備えた。家族は、犯人側が要求した現金10億円を用意している。
3月19日午後6時23分、江崎宅の電話が鳴った。流れてきた声は、江崎社長本人のものだった。
<茨木のレストラン寿。81局7500番。お前は今後、中村や。1人で待て>
それは、犯人グループに渡されたメモを読み上げるような、録音された声だった。すぐに指定のレストランへ捜査員が急行したが、犯人は姿を現さなかった。
事態が動いたのは3日後の3月21日である。
江崎社長自ら事務所の電話で110番通報
この日午後2時15分、裸足にオーバー姿という異様な男が、大阪・摂津市の国鉄大阪貨物ターミナル輸送本部に駆け込んできた。
「助けてくれ。娘が殺される」
職員に保護された男は、自ら事務所の電話で大阪府警に110番通報した。
「私は誘拐された江崎です」
男が自ら素性を明らかにしたとき、周囲は色めき立った。3月18日に自宅から連れ去られた江崎社長は、その後犯人グループが運転するクルマで大阪・安威川沿いにある水防倉庫に監禁されていたという。だが、連れ去り時に江崎社長本人は大きな袋で目隠しをされており、自分がどこにいるのかが分からないでいたのだった。