「まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ」
「矢吹くん……もう、ボクシング、やめたら?」
「矢吹くんは……さみしくないの? 同じ年ごろの青年が海に山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに」
「矢吹くんときたら、くる日もくる日も汗とワセリンと松ヤニのにおいがただよううすぐらいジムにとじこもって なわとびをしたり柔軟体操をしたりシャドーボクシングをしたり、サンドバッグをたたいたり」
「みじめだわ 悲惨だわ 青春とよぶにはあまりにくらすぎるわ」
一般社会とはおよそかけ離れた感覚。若者らしい遊びも行わないストイックな生活。そして試合では毎回、凄まじいまでのダメージを負い続ける……。そんなジョーの日常は、紀子にとって安定感のない、悲惨なものとしか思えなかったのだ。しかしジョーは答える。
「紀ちゃんのいう、青春を謳歌するってこととはちょっとちがうかもしれないが――燃えているような充実感は、いままでなんどもあじわってきたよ……。血だらけのリングでな。
そこいらのれんじゅうみたいに、ブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。ほんのしゅんかんにせよ、まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ。
そして、あとにはまっ白な灰だけがのこる……。燃えかすなんかのこりやしない……。
まっ白な灰だけだ。
――わかるかい、紀ちゃん。負い目や義理だけで拳闘をやっているわけじゃない。拳闘がすきなんだ。死にものぐるいでかみあいっこする充実感が、わりと、おれ、すきなんだ」
紀子はこれに対し、「わたし、ついていけそうにない……」とだけつぶやき、ジョーのそばを離れて行く。
ちばはそれをみて、「ああ、そうか」と思い、考え始めたところすぐにあの「真っ白に燃え尽きる」シーンが浮かんできたのだという。
ジョーは「生きているのか、死んでいるのか」
その後、ファンの間ではこの時のジョーが、「生きているのか、死んでいるのか」ということも大きな話題となった。ちばの話。
「あとでそれは、かなりいろんな人に聞かれたんですけど、私も『燃え尽きた』ってことで描いただけなので、分からないんですよね。ただ、法医学者で有名な上野正彦さんは、『あれは生きている』っていっているみたいです。肘で体を支えているし、あの姿勢なら死んではいないらしくって」
ちばはそういって笑った。