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連載刑務官三代 坂本敏夫が向き合った昭和の受刑者たち

2022/04/17

genre : エンタメ, 社会

「先に出所したAが真っ先に行ったのは、刑務所の分類審議室の保護担当刑務官を篭絡することでした。保護担当は受刑者と家族、あるいは引受人との連絡調整を行うセクションで、工場への出入りも自由で仮釈放の上申事務を担当する保護観察所とのパイプ役も担うのです。いわば塀の外と中を繋ぐ上で最も重要なポジションです。

 AとBは入試問題を盗み出す上で頻繁に連絡を取り合う必要がありました。そのためにはAがBの引受人にならないといけなかった。引受人になれば、面会や手紙のやりとりが自由になるのですが、前科がいくつもある出所者が無期懲役囚の引受人になることは不可能でした。

 そこでAが目をつけたのが分類の保護担当で、そこにCという看守部長がいました。彼は私が見ても制服もヨレヨレでどこか隙があった。出所したAは、言葉巧みにCを取り込みました。キタやミナミのキャバレーなどで接待漬けにして、自分をBの引受人に登録するように便宜を図らせたのです」

©iStock.com

 この篭絡は成功し、CはAに偽名を用いさせて会社経営者とした上で保護観察所にもBの引受人として認めさせたのである。これでAは印刷工場で働くBとの面会が可能になり、2人は、あらかじめ示し合わせていた暗号、符牒を使って犯行に向けての打ち合わせをしたのである。

続々“狙われて”いく看守

 試験問題を盗み出すためには、現場での窃盗作業のために印刷工場の看守を取り込む必要があった。入試問題の印刷作業が始まると、所長の巡回さえ規制されるエリアである。

 印刷工場は二つ、活版・活組、第4区では、製本作業をする45工場と、印刷機が並ぶ46工場で、この二つの工場の交代勤務担当を担当しているDという鹿児島県出身の若い看守が狙われた。坂本はこのDのことをよく覚えている。

坂本敏夫氏 ©文藝春秋

「大人しくて、どちらかと言えば、いつも1人で孤独をかこっているようなタイプでした。45と46の工場担当(担当、副担当、交代担当)で交代職員を見渡したときに、あいつは親しい友人もいなくて、無口で口も堅そうだということで接近したのだと思います」(坂本氏)

 Bから、Dが適任だという連絡を受けたAは、看守部長のCにDを誘わせ、酒宴等の接待を繰り返した。これは完全な服務違反であり、刑務所の知るところとなれば懲戒処分になる行為である。

 坂本は言う。

「職員を酒と女で懐柔し、バレれば役人をクビになるような弱みを握ってしまえば、運び屋ぐらいは断り切れずに承諾するというようなことを、長い懲役生活で様々な事例を見てきたAはその経験から知っていたのですね」

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