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バレー人生すべてを女子バレーに注入した

「企業に守られている日本と、自分の腕がすべてというプロではこんなにも意識が違うのか」

 たとえば日本なら、全体練習のあとの居残り練習は、コーチの指示によるものだった。ところがイタリアでは、選手個々がコーチを捕まえ、「あと10分だけでいいから付き合ってくれ」「あと10本でいいからトスを上げてくれ」という必死な声が、日常茶飯事に聞こえた。

 食事一つ取ってもそうだった。試合で最大限のパフォーマンスを上げるため、1週間前から蛋白質、炭水化物の摂取量を計算しながら料理を口にしていた。食事はおいしく食べるものではなく、身体の機能を高める手段に過ぎないのだ。

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 年齢やキャリアも関係ない。彼らはチーム内の激しい競争を勝ち抜いて活躍し、名前を売り、お金を稼ぐという明快なプロ意識を持っていた。バレーに自分の人生そのものを賭けていたのである。

「戦術、戦略を論じる前に、もう意識レベルで日本は彼らに勝てないと思いましたよ」

 子供を生んでから再びコートに立つ女性選手も大勢目にした。結婚したら辞めるのは当たり前という価値観の日本では考えられない、と眞鍋は目を丸くした。しかも、そんなベテラン勢がイタリアでは中心選手としてチームを引っ張っている。

 眞鍋はセリエAで学んだ世界標準を日本に伝えたいと1年で帰国。プロ選手として旭化成、松下電器(現パナソニック)、そしてまた旭化成とチームを渡り歩きながら、41歳まで現役を続けた。旭化成時代には選手を続けながら、大阪体育大学大学院に学ぶ。日本のスポーツ界にも急速に科学が取り入れられるようになり、一からバイオメカニクス、コーチ学、心理学、生理学などを学びたくなったからだ。さらにもう一つ大きな理由があった、と眞鍋は言う。

「それまで20年間以上セッターをやってきましたけど、プレイしているときの自分の判断は果たして正しかったのかどうか、客観的に分析してみたいと思ったんです」

眞鍋監督に代表キャプテンに抜擢された木村沙織選手 ©JMPA

 セッターがトスを上げるときの判断は一瞬だ。だが、判断の基準となる情報は無数にある。チームの作戦、試合前の分析、味方スパイカーのその日の調子、サーブレシーブの流れ、相手スパイカーの助走の仕方、腕の振り、ブロックの付き方など目に見える情報のほかに、試合展開、得点差、自分のこれまでの組み立てなど、状況が刻々と変わる瞬間を、自分が正しく判断してきたのか。そのほかにも過去の記憶や皮膚感覚、勘などパフォーマンスを決める要素は数限りがない。これらを加味し、コート内で最善と判断したトスが、果たして客観的に見てもそうだったのか。眞鍋は「神は細部に宿る」といわれる領域を分析してみたくなったのだ。

 2年かけて論文を発表した。バレー競技の常識を破るような新発見はなかったものの、コートの外から見る客観的な視点が養われ、数字による合理性を確信。これが後に、全日本女子を率いる上で、大きな財産となった。いや、眞鍋のバレー人生そのものを一滴も残さず、女子バレーに注入したといってもいい。