『ななみの海』(朝比奈あすか 著)双葉社

 自分には1ミリも非がないのに、現在の生活と未来の可能性を制限されている人たちがいる。児童養護施設で暮らす子どもたちだ。彼らは望んで施設に入るわけではない。あらゆる「大人の事情」を背負ってそこにいる――。朝比奈あすかさんは新刊『ななみの海』で、児童養護施設で暮らす子どもたちの日常を、高校生・岡部ななみの視点から描いている。取材のために3つの児童養護施設を訪れたが、そこで「すべてはまわりにいる大人次第」という印象を強く持ったという。

「自己責任なんて言葉がありますけど、それが通用しない子どもたちがたくさんいるってことがわかってきたんです。親が病弱だとか、刑務所に入ってしまっただとか、あるいは親から虐待を受けているだとか……施設に来る子どもたちにはいろんな事情があるんですけど、子ども自身が原因で施設に来ることはないのです」

 さらに入った先の施設のあり方や取り組み方にも、大きく人生を左右される。

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「私が取材した施設は、取材を受けてくださったことからも分かるようにオープンで進んでいて、『まずは大学への進学を考えてみよう』というところでしたが、東京都内に限っても、進学が視野に入っていない施設も結構あるという話も聞きまして。そして、どの施設に行けるかは運任せで、子どもは選べない。子どもって思っていたよりもずっと弱者なんだと感じました」

 主人公のななみには生まれた時から父親がおらず、幼いころに母親も病死。その後、育ての親だった祖母も認知症を発症したため、小学生で児童養護施設に保護された。努力を重ねて進学校に入り、奨学金で医学部に進学することを目指しているが、施設は基本的に18歳で出て行かなくてはならないため、浪人は許されない。

「施設の子たちに染まらないように」「馬鹿にされちゃアいけない」、祖母に言われた言葉は、ななみを励ますと同時に苦しめる。ある時それは爆発し、ななみは自分の内面を見つめ直す。

「弱い人や、つらそうな人たちを見て『自分とは違う』と思うことで心を守ろうとする姿勢って、状況は違っても、いろんな人がやりがちだと思うんですよね。でも、それで本当に救われるんだろうか、っていうことを書きながら感じたんです。努力できることがななみに与えられたギフトだとしたら、それを社会に還元できる、そういう芽がななみの中に育っているんじゃないかと思いました。そうしたほうが社会は良くなるし、私たちができることってそういうことなのかなって」

朝比奈あすかさん 写真/小島愛子

 海の近くで育ったななみが、「海に閉じ込められている気がする」と思うシーンがある。朝比奈さんは、ななみが見る海を、成長した子どもたちが出ていく社会に重ねる。

「進学するときや社会に出るとき、すごくサポートしてもらえる子っていうのが世の中にはいると思います。親が予備校代を出してくれたり、何かの時に後ろ盾になってくれたり。私のなかのイメージではそれが、与えられたモーターボートで海に漕ぎ出していく姿に思えたんです。一方で、同じ国、同じ時代に生まれても、自分で一つ一つ材料を買って作った手漕ぎボートで海に出なくてはならない子たちもいる。漕ぎ出す海というか、社会は同じなのに、こんなにも差があって。何が起こるかわからない大海に出る全員に、船をあげられる社会にしなくちゃいけない。その溝を埋めるのが大人の仕事じゃないのかなと思います」

あさひなあすか/1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2006年『憂鬱なハスビーン』で小説家デビュー。その他の著書に『憧れの女の子』『人間タワー』『人生のピース』『君たちは今が世界(すべて)』『翼の翼』など多数。

ななみの海

朝比奈 あすか

双葉社

2022年2月17日 発売