持ち家ではなく借家だったそうだが小ぎれいな作りだったため、“夜中に不気味な声が聞こえそう”とか、“金縛りにあってしまうのでは?”といった雰囲気は一切なく、後年になっても不気味な噂ひとつ聞かなかったという。
「たぶん、そういう察知できるものでもないんだよ、ああいうのって」
Tさんが最初に“そいつ”に出会ったのは、彼がまだ記憶もおぼろげな幼稚園児の頃だった。
その日、Tさんは熱を出して自宅の自室の布団で寝込んでいた。薬を飲んで昼頃から寝てしまっていたこともあり、夜、家族が寝静まる時間になっても寝付けずにいたそうだ。
机の上の小さなランプがほのかに部屋を照らすなか、熱いなぁ……とTさんが体をモゾモゾさせながら寝返りを打ったとき、ふとそれに気がついたそうだ。
部屋に入ってきた何者かの影
ドアがある。
熱に浮かされて頭がぼーっとしているときに見た幻覚なのかもしれない。だが、目の前の壁に、あるはずがないドアがあった。
夢なのかなこれ……なんか、気持ち悪いなぁ。お母さん呼ぼうかな……。
そうTさんが考えていたときだった。
ガチャ。
その、ありえないドアのノブが回った。
慌てて視線を薄暗い天井にそらす。「見ちゃダメだ」そう思ったそうだ。
スススッ……と、音にもならない気配でドアが開いてゆく。辺りは静かで物音ひとつしない。熱と恐怖と緊迫でTさんの意識は朦朧としていた。
だが、机の上のランプが部屋を照らす灯りのおかげで、部屋に入ってきた何者かの影が目の端に映った気がしたそうだ。
どれくらい経ったのだろうか。その後動かなくなった気配をそばに感じつつ、気を張り続けていたTさんは、疲れて気がついたら寝てしまっていたという。
翌朝、ハッと目が覚め壁のほうを見たが、そこにドアはなかった。
「姉ちゃんも見たんだって、ドア」
「なにその話、気味悪いなぁ……。でも、やっぱ熱で見た幻覚なんじゃないの?」