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2022/04/22

――今は下田さんとサトケンさんとの間には強い師弟関係があるように見受けられますが、最初の頃は訝しがられていたんですね。どのようにして自らの熱意を伝えられたのでしょうか。

下田 そうですね。プロになりたいことは伝えていたのですが、やはり技術がほとんどない状態だったので、通い始めの頃は、サトケンさんに言われた基礎練をとにかく繰り返していました。バレーに打ち込んでいた時も、先生から「基礎を雑にするやつはトップに行けない」っていうことをさんざん言われていたので、ドリフトでも「とにかく基礎を徹底しよう」と思っていて。

競技車両を製作するガレージ。佐藤謙氏がD1グランプリに参戦する車両を製作している

 3ヶ月間くらいですかね。毎日ずっと同じ基礎練だけをやっていたので、指示をくれたサトケンさんも若干引いてるようなリアクションでしたが、そういう努力があったからか、私が本気だっていうことを段々認めてもらえるようになったんだと思います。

 それからは、競技用の車両を貸してもらったり、D1の現場にスタッフとして連れて行ってもらったり、色々なことを勉強させてもらうようになって今に至るっていう流れですね。

事故で横転、血まみれなのに…

――モータースポーツというと命の危険もある競技という印象がありますが、実際に競技を始めてみて、恐怖を感じる瞬間はありませんか?

下田 競技中はあまり無いんですよね、それが。というのも、ヘルメットをして耐火スーツも着て、車体も補強されているので、事故が起きてもドライバーがちゃんと守られるんです。あと、ドリフトのコースは小さめのコースが多いので、何かあったとしても大きな事故につながりにくいというのもあります。

 むしろ怖いのは練習の時ですかね。正直、一日の練習だけでもヒヤッとすることは何度かあります。今のハイレベルなドリフトって、アクセル全開のままコーナーを曲げていくんですよ。150km/hくらいの速度で壁に向かっていってハンドルを切るわけなので、さすがに「ヤバッ」ていう瞬間はありますね。いかに頭をバカにさせて、麻痺させるかってところです。

愛機・シルビアのコクピットに座る下田さん

――話を聞くだけで恐ろしくなりますね。実際に、事故を経験したことはあるんでしょうか?

下田 大きなものだと、練習中に一度横転したことがあります。速度域の高い傾斜したコーナーで、少しタイヤを滑らせながら抜けようとしたら、右の前輪をインに引っかけて車体が宙に浮いて、「ボン、ボン」みたいに1回転して戻ってきました。

 ガラスがめっちゃ頭に刺さって血まみれになって、髪もバサバサ切れちゃって、包帯をぐるぐる巻いて。それなのに、サトケンさんは「すぐ走りに行け!」って言うんですよ。「この人正気!?」と思いながら、別の車を借りて走りに行きました。

 何か怖い思いをしてから時間を空けてしまうと、トラウマになって走れなくなってしまうことがあるようで、あえてすぐに走らせようとしてくれていたみたいです。

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