言うべきことと、言うべきでないこと
ただし、機会を作るまでには育成に膨大な時間が必要だ。
前向きになってもらうためにも言葉が必要だし、技術の改善を促すためにも言葉が必要だ。分かりやすく伝える技術が指導者には求められる。やる気を失わせたり、ネガティブになってしまう言葉をかけるコーチは失格だと思う。
選手に対する「言葉」のかけ方については、二軍監督時代からいろいろと勉強してきたつもりだ。僕が気をつけているのは、「感情を素直に伝えた方がいいこと」と、「考えていても言わない方がいいこと」をしっかりと区別することだ。
たとえば日本一になった瞬間、マウンド付近に集まった選手たちに、「おめでとう」と声をかけたのは、感情を素直に伝えたかったからだ。よくやった、君たちは本当に素晴らしいプレーをして日本一になったんだよ、と。振り返れば、野村監督は照れ屋さんで、本音を吐露することが苦手だったから、日本一になって困っていたかもしれない。
一方で、こと育成に関しては、言葉が良くも悪くもいろいろな効果を生むので、言うべきことと言うべきでないことを、しっかり区別する必要が出てくる。ただ、これがなかなか難しい。
二軍の選手たちを見ていると、その成長を阻害するような癖が見つかるときがある。「そこは修正して欲しい」とハッキリ伝えるが、それでも、思ったことをすべて伝えるわけではない。「これを伝えると、かえってマイナスに働くかもしれないな」と思ったことは、胸の内にしまっておく。間違ってもしてはいけないのは、感情に任せて選手にいろいろな内容をぶつけてしまうことである。
伝える、伝えない基準がどこにあるのかは微妙で、自分の感覚に頼っている部分はある。これを判断するには、経験を積むしかないと思う。「伝えない方がいいな」と判断するのは、技術に関することが多い。
プロ野球選手は、技術に関してはプライドが高い。それは高校を卒業したばかりの若い選手だって変わらない。このやり方でプロまで到達したという自負があるはずだからだ。相手が、自分がイメージしているのとは違う感情を抱きそうだと思ったら積極的な改善提案はしない。また、修正した場合の副作用というか、課題としている部分は直るかもしれないが、いいところが失われる可能性があれば黙っておく。
とにかくいろいろな要素を考慮しながら最適な言葉を探す。もちろん、無言が良い場合もある。いずれにしても、僕は修正提案をするにもポジティブな空気を出したい。選手も、否定から入られたら、心を閉ざしてしまうかもしれない。それではチームは活性化していかない。