わずか十数年で社員数を10名から3500名(2020年末時点)に増やすほどの大成長を遂げたアメリカ企業・ハブスポット社。今では「最も働きやすい会社」や「社員からの評価が高いCEO」の常連になった同社はいかにして成長を遂げたのか?
アメリカ在住のエッセイスト・渡辺由佳里さんの新刊『アメリカはいつも夢見ている』より一部を抜粋。(全3回の3回目/#1、#2を読む)
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「グレイトフル・デッド」の魅力に学ぶ
仕事を探している人には採用に関する口コミ情報、企業には採用ブランディングと求人サービスを提供している「グラスドア(Glassdoor)」という企業がある。グラスドアでは、実際にそれらの企業で働いている社員が匿名で会社を採点できるようになっている。そこで2020年に「最も働きやすい会社」の全米1位になったのがボストンにある「ハブスポット(HubSpot)」社だ。
ハブスポット社のCEO(最高経営責任者)ブライアン・ハリガンもCEOとしてナンバーワンの評価をされているのだが、彼は『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP、日経ビジネス人文庫)の共著者でもある。
「グレイトフル・デッド」はアメリカでは伝説的なロックバンドだが、日本ではあまり知られていない。1965年にサンフランシスコで結成され、ヒットチャートとは無縁ながらもライブでの即興演奏を売りにスタジアム・ツアーを行い、アメリカの国内のコンサート収益では毎年1、2位をとりつづけていた。1995年にリーダーのジェリー・ガルシアが亡くなった後はメンバーのソロ活動が中心になっているが、ファミリーとしてゆるく繋がりながらの音楽活動は続けている。
ファンを魅了するのは音楽だけではない。バンドとファンが作る特殊なコミュニティだ。ヒッピーカルチャーの先導者だったグレイトフル・デッドは、自分たちがファンと作り上げたコミュニティをとても大切にしていた。デッドヘッズ(熱狂的なファンの通称)はコンサートが始まる何時間も前から会場に集まり、「シーン」という村祭りのようなパーティを繰り広げる。
ここでは政治経済的にまったく異なる背景の人々が、ファン同士として同等に温かく相手を受け入れ、自由に繋がり、助けあう。
このバンドのカルチャーとその効果を、ビジネス的な観点から解説したのが『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』だった。
共著者のブライアンとデイヴィッド・ミーアマン・スコットが出会ったのは2007年。どちらも40歳頃まで企業人間として働いてから「好きなことをやる」ために人生転換をした直後だった。