マンガは人気商売である。

 読者のアンケート、単行本の売り上げなど評価軸はさまざまあるが、人気がなければ打ち切られることもあるシビアな世界であり、裏を返せば世間のニーズに対してビビッドに反応するメディアともいえる。その時代のトレンドやトピックは作品に反映されやすく、マンガには「時代を映す鏡」としての側面がある。

 マンガは凶悪事件や未解決事件さえも、作品に取り込んできた。今回は、世間を賑わした事件がマンガでどのように扱われてきたのかを見ていきたい。なお、現在でも文庫や電子書籍などで比較的入手しやすい作品からチョイスした。

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浦沢直樹、手塚治虫…“巨匠”たちも取り組んだ戦後日本の闇「下山事件」

 1949年7月6日、行方不明になっていた国鉄総裁・下山定則が轢死体で発見された。不審な点が多いことから自殺説、他殺説が入り乱れ、未解決のまま1964年7月6日に殺人事件としての公訴時効が成立。迷宮入りとなった。

下山事件は松本清張ら数々の作家たちもテーマにしてきた、注目を集め続ける「戦後最大のミステリー」 ©文藝春秋

 いまでは歴史の教科書にも載る「戦後最大のミステリー」は、ノンフィクションでもフィクションでも題材とされることが多い。古くは1960年に「文藝春秋」で連載された『日本の黒い霧』(松本清張)、最近の例では2021年の『TOKYO REDUX 下山迷宮』(デイヴィッド・ピース)があり、いわば「人気のある未解決事件」である。

手塚治虫 ©文藝春秋

 マンガの世界でこの難事件を扱ったのは、マンガの神様・手塚治虫だ。『奇子』は旧家の土蔵に閉じ込められた私生児(奇子)というショッキングな設定に注目しがちだが、下山事件をモデルにした「霜山事件」やGHQの陰謀、労働争議などが絡み合い、戦後の混沌とした時代をまざまざと描き出している。

浦沢直樹 ©文藝春秋

 そして現代の巨匠・浦沢直樹もまた、『BILLY BAT』でこの難事件に挑んでいる。謎のコウモリの正体を追うミステリーである本作は、紀元前から現代までの歴史上の様々な事件(ケネディ大統領暗殺事件やアポロ計画、アメリカ同時多発テロ事件など)が物語に絡み、戦後の日本を舞台にしたシークエンスでは下山事件が描かれる。本作では「他殺説」を採用しており、犯人の殺害動機がコウモリ伝承のミステリーと関係してくる仕掛けとなっている。