藤岡 幼稚園の卒業アルバムには、「将来の夢 アイドル歌手、女優」と書いてあって。気付いたら自然と、いつもそう公言してましたね。
――では、人前に出ることは好きなタイプ?
藤岡 好きだったみたいです(笑)。これは母から聞いた話なんですが、家族で福島のハワイアンセンターに行ったときに、ショーが始まるとステージに乱入して、ど真ん中で踊っちゃうような子だったらしいです。
母がピアノの教師をやっていたので、自然と幼い時からエレクトーンやピアノを弾いたり……それと、踊ることも好きだったので、クラシックバレエにモダンバレエ、ジャズダンスやヒップホップも習いました。
――幅広いですね。
藤岡 中学では、母の勧めもあって吹奏楽部に入り、そこからドラムやスネアドラム(小太鼓)を始めました。親が電子ドラムを買ってくれたので、家の中でポコポコ叩いてました。暇さえあれば、一日中、歌ったり、踊ったり、楽器演奏してましたね。おかげで高校は音楽推薦で進学できました。
加入初日に言われたことは……
――チェキッ娘としてデビューしたとき、藤岡さんは16歳。その年代の女の子たちが初対面で集められると、どんな雰囲気になるんでしょうか。
藤岡 入った初日にまず、「髪型かぶってる」って言われました(笑)。「かぶってるから、私、髪切ろうかな」って、先輩メンバーに言われて、「すいません」みたいな(笑)。
でも、だんだん学校の延長線上というか、放課後の部活動みたいなノリになってきて。みんなでワイワイして「イエーイ!」って感じで、ただただ楽しかったですね。
――実際の活動の中で、特に楽しかったなと思うのはどんなところですか。
藤岡 歌ってる時ですね。自分の加入後に最初にリリースされたシングルで、フロントメンバーに選んでいただけて。そこからシングルを出すごとに、いつもフロントで、ソロパートもいただけたので、それは本当に嬉しかったです。番組のコーナーで「結婚か仕事か」みたいな質問が出たときも、迷わず「仕事!」と即答するぐらい、仕事が楽しかったです。
でも、自分はアイドルとしてどうなんだろうと思うところもあって……。例えば「チェキッ娘です!」って紹介されて、カメラを向けられると、みんなは「チェキーッ!」って言って、自分が映ろうと前へ前へと出るんですけど、そこで私はどうしても引いてしまうんです。自分を上手く出し切れなかったなぁ、と……。
「麻美はやる気がないのかと思ってたよ」
――そこでしっかり前に出られる人でないと、アイドルとしては難しい?
藤岡 やっぱり「私が、私が」という気持ちがあった方が有利なんだとは思います。その後、番組が終わることになって、プロデューサーと面談をしたときに、「麻美はやる気がないのかと思ってたよ」って言われました。すかしてるとか、力を抜いてたわけでは全くなかったんですけど、内側の熱いものがなかなか外には見えないというのはありましたね。
――他にも、もっとこうしておけば良かったなと思うことはありますか?
藤岡 もっと思い切ってやれば良かったなと思うのは、番組で頭からストッキングを被ったときですね。ストッキングを被って、後ろから引っ張られながら前に置いてある物を取りに行くんですけど、それで顔がピターってなるのが恥ずかしくて、自分を捨てきれなくて。それはダメだったなぁと。
――他のメンバーは全力でやっていたんでしょうか?
藤岡 すごいプロだなって思ったのは、一番最初にソロデビューが決まった下川みくにちゃんです。顔がカメラにはっきり映るような位置でやって、さすがだなって思っていました。そういう強さもあって、今も芸能界で活躍できているのかなと思います。