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ドイツが80年育てた「ナチス土下座戦略」が終わる? ウクライナ戦争で“敗戦国”が失いつつあるものとは

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――それはたしかに厳しいタイミングですね。

マライ どうにもズレた発言が続いて疑問視されているアナレーナ・ベアボック外務大臣はそのあおりを食らっている筆頭ですね。彼女は緑の党の元代表で、気候変動問題などにはとても強いけれど戦争のようなハードな外交は専門ではありません。ウクライナにヘルメットを送って世界中からバッシングされた時も、「首相がメルケルだったらもうちょっとマシな対応ができたのでは」みたいな雰囲気は正直ありました。

ドイツのメルケル元首相 ©時事通信社

――ドイツの初動はかなり迷走している雰囲気がありました。

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マライ 1つ同情するとすれば、ドイツにとって、「ロシアと戦う」というのはタブー中のタブーなんです。第二次世界大戦でナチスドイツはソ連で2000万人とも言われる人を殺害していて、それを80年間謝りつづけてきました。なので「ロシア軍と戦うための武器を提供すること」への抵抗感は世界で一番強い。ウクライナ侵攻はどう見てもロシアが悪い、しかし自分たちがロシアと戦っていいのか……という葛藤が政治家にも一般市民にもあったのだと思います。

「ナチスの悪行を謝りつづける」というスタイルが崩れる?

――日本と韓国や中国の関係にも似ている気がしますが、ドイツでは「ロシアに謝りつづける」ことについて国内の意見は一致していたのでしょうか。

マライ 少なくとも今回の戦争が始まる前は、ほとんどのドイツ人が「ロシアには特にひどいことをしてしまった」という意識を持っていたと思います。独ソ戦が終わった5月9日にロシアで「対独戦勝記念日」を祝う式典があるんですが、その式典には毎年ドイツから政治家が出席してナチス時代の戦争を謝罪していました。今年はさすがにドイツ側としても出席するわけにもいかなかったようですが……。ただこれでドイツが80年かけて築いてきたロシアとの関係性が崩れるとすれば、その影響は計り知れません。

――どういうことでしょう?

隠された地雷やブービートラップを捜索する警察部隊工兵 撮影・宮嶋茂樹

マライ ドイツは第二次世界大戦の後、ナチスの悪行をとにかく謝りつづけることで国際社会の信頼を得るという土下座スタイルを貫いてきました。ロシアに対しても同じです。ただ今回の戦争で「過去の過ちをロシアに謝る」ことに抵抗感を持つ人が増える可能性は高いですよね。しかもロシア側がウクライナのことをナチの後継者だと難癖をつけていて、ナチスを批判すること自体が若干“うさんくさい”感じになってしまった。そうすると「ナチスの行動を反省しつづける」というドイツ人のアイデンティティが崩れる危険があるんです。

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