「オレは温州の海や川ではもう泳がない。魚だって食べたくない」
ひじきは、中国人が食べなくても、人の口に入る食品だ。衛生的に疑問を抱かれるような扱いをするのは言語道断ではないか。ただ、問題はそれだけではない。養殖場となっている海の汚染が深刻な問題となっているからだ。
地元住民の男性はこう嘆く。
「温州は、人工皮革の工場がたくさんあって、工場排水が河川に流れ込んでいるんだ。川から流れてきた汚い水が海を汚染して環境問題となっている。省政府も水質汚染には頭を悩ませているのさ。重金属の汚染が進んでいるからね。オレは温州の海や川ではもう泳がない。魚だって食べたくない。ひじきみたいな海藻や貝類もダメだよ」
中国問題に詳しい愛知大学の高橋五郎教授の著書『日中食品汚染』(文春新書)によると、2011年の中国の工場などからの排水の廃棄量は、660億トン。2005年の525億トンを約26%上回っている。もし、このままのペースで排水の廃棄量が増え続けたなら、2030年には約1300億トンにのぼると試算されているから驚きだ。
中でも、浙江省はカドミウム汚染が指摘されている地域だ。重金属類は口にしたところで、すぐに人体への影響が出るわけではない。その代わり、体外へ排出されず、少しずつ蓄積されてゆく。そして、長い月日を経てガンなどの病気の原因のひとつになるから怖いのだ。
ひじき養殖場のある海へ足を運ぶと、泥水のような色をしていた。お世辞にもキレイとは言えない。ひじきを取るための網も、「カーペットひじき」に劣らず不衛生だ。
養殖場の近くの飲食店に入ると、近海で取れたひじきを出すというので、注文してみた。
「泥水に浸かった酢の物だな……」
「うちのは生ひじきだから、新鮮で美味しいよ!!」
店のおばさんが太鼓判を押すので、言われるがまま頼んでみた。以前、私は山東省の青島で「ヘドロアサリ」を食べ、ひどい腹痛に悩まされた過去がある(「食べて一晩中トイレから出られなかった中国産『ヘドロアサリ』の恐怖」)。
ほどなくして出された「生ひじきの酢の物」は、なかなかインパクトのあるビジュアルだった。
日本人が食べるものとは少し違う。ひじきが切られておらず、麺のように長い。強烈な磯の香りが鼻腔を捉えて離さない。むしろ、生臭いと呼んだほうがよかった。
通訳の林氏は「食べない」という意志を“視線のレーザービーム”で私に向けていた。
「少量の重金属なら死にはしない!」
そう自分に言い聞かせて、私はひじきを口に運ぶ。海水を飲んだような香りと泥臭さに思わず吐き出してしまった。
「泥水に浸かった酢の物だな……」
さすがに、それ以上食べられなかった。その晩、やはり腹痛に見舞われた。しかし、大量に食べたりしなかったので、軽くお腹をくだす程度で済んだのだった。
ひじきは、忘年会・新年会でも目にする機会が多いだろう。カルシウムや食物繊維が豊富で、健康に良いと言われている。ただ、それだけではないということを知っておいていただきたい。
写真=徳山大樹