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 実際、日本の政界を見回しても、悲しいかな、これぞ国家のリーダーの器、という大人物は皆無。世襲の横行が祟ったのか、はたまた政党助成金なる掴みガネが政治家から腕力と闘志、緊張感を奪ったのか、経済同様、政治も衰退の一途を辿っている。

 角栄が沈没寸前の日本を復活に導けるか否かはともかく、周囲の誰もがうなる、強烈なリーダーシップの持ち主であったことは確かだ。その逸話は枚挙に暇がないが、たとえば政治生命を賭けて臨んだ昭和47年の日中国交正常化がある。

(雑誌協会代表)

昭和の大カリスマ、田中角栄の真骨頂

 勇躍北京に乗り込んだ一行が交渉の席で周恩来を激怒させてしまい、外務大臣の大平正芳以下、意気消沈し、まるでお通夜のような夕食の席で唯一人、総理の角栄だけがニコニコと楽しげだった。当夜の模様を政治学者、服部龍二の『日中国交正常化』より引く。

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《田中は、なみなみと注がれたマオタイを飲みほし、「大学出たやつはこういう修羅場になると駄目だな」と笑ってみせた。大平が、「修羅場なんて言うが、明日からどうやってやるのだ、この交渉を」と珍しく感情をむき出しにした。(中略)「そんなことを俺に聞くなよ。君らは、ちゃんと大学を出たんだろ。大学を出たやつが考えろ」

 田中の言葉に全員が顔を綻ばせ、部屋中が笑い声に包まれた。》

 絶体絶命の窮地に陥ってもなおユーモアを忘れず、周囲を鼓舞する胆力と余裕。これぞ昭和の大カリスマ、田中角栄の真骨頂である。(文中敬称略)

属国の銃弾

永瀬 隼介

文藝春秋

2022年5月10日 発売