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その日、藤井聡太は肩で息をしていた。出口若武は悔しさを全身で表していた

その日、藤井聡太は肩で息をしていた。出口若武は悔しさを全身で表していた

第7期叡王戦五番勝負第3局 観戦レポート #1

2022/06/03
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 藤井聡太は肩で息をしていた。

 出口若武は悔しさを全身で表していた。

 死力を振り絞って戦った2人の姿は、とても、美しかった。

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「父がメーカーに務めながら東大で化学の研究をしていて…」

 5月24日、藤井叡王の連勝で迎えた叡王戦五番勝負第3局は、千葉県柏市にある、つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅近くの柏の葉カンファレンスセンターで行われた。柏市は我が師匠、石田和雄九段が長年にわたり根を張り、種をまき、将棋を浸透させた場所だ。

 石田が都心から妻の実家がある柏に移り住み、加瀬純一七段の父親が運営していた柏将棋センターの経営を引き継いだのが始まりだった。石田は広い場所にセンターを移転し、自ら手合係を務めた。さらに柏市民大会や子ども大会を開き、柏に将棋を浸透させていった。

関係者が見守る中、対局が始まった(写真提供:日本将棋連盟)

 内藤國雄九段に石田のところで修行しろと言われた小学1年の三枚堂達也七段がセンターを訪れ、その三枚堂が幼稚園児の佐々木勇気七段を連れてきた。ユーキとタツヤは2人で何千番も指し、石田の薫陶を受けてプロになった。そして今は茨城県取手市から鎌田美礼が通い、今年、女流棋士2級となった。

 その師匠が自ら柏市や三井不動産と交渉し、実現させたのが今回の柏開催だ。

本局の立会人を務めた我が師匠、石田和雄九段(ファン提供)

「父がメーカーに務めながら東大で化学の研究をしていて…」

 対局前日、少しだけ両対局者と話をした。前夜祭の前に、関係者は東京大学の柏キャンパス内にある生産技術研究所の実験施設を訪れた。出口六段はその時の感想を「懐かしい」と言った。理由を尋ねると、「父がメーカーに務めながら東大で化学の研究をしていたんです。それで幼い頃、東大の本郷キャンパスに連れて行ってもらったことがありまして」。なるほど、彼の研究熱心さ、探究心の高さは父親譲りだったのか。

 相変わらず礼儀正しく受け答えもハキハキしている。カド番のプレッシャーはなさそうだ。

 藤井とは、鉄道の話題に。

 私が「つくばエクスプレスには乗ったことあります? 今回初めて乗ったけど速くて快適でしたよ」と聞くと、「残念ながらTXには乗ったことがありません。乗りたかったですね」とにっこり笑った。対局者は東京から車で現地に向かったので、乗車のチャンスはなかったのだ。それにしても略称である「TX」で返すとは、さすがはガチの鉄道ファンだ。