さて局面が佳境を迎えた。激しく駒を交換した後、藤井聡太叡王が左桂を5段目に跳ねた。藤井が左桂を跳ねたときは過去25戦23勝2敗。まさに鬼の左桂だ。このシリーズでは、第1局も第2局指し直し局も左桂を跳ねて勝っている。
だが、出口若武六段はこの桂を逆に標的にした。
秒読みに追われながら仕掛けられた藤井の罠
桂取りに自陣角を打ち、玉が上がって桂の成り込みを防ぐ。さらに桂を犠牲に桂をソッポに成らせ、空いたマス目に角を打ち込む。銀取りと角切り両狙いの角だ。この一連の手順は多くの棋士が絶賛し、そして藤井も読みを狂わされる。
藤井は玉を上がって銀取りを受けるつもりだったが、その後に見落としがあり、予定変更して銀を引く。出口は持ち時間を使い切り1分将棋に。角を切って飛車金両取りに銀を打ち、寄せにいく。
藤井も飛車を打って寄せ合いになるが、ここでハプニングが起きる。藤井の持ち時間が切れ秒読みになり、7まで読まれても手が伸びない。8の声にあわてて香を掴む。客席から悲鳴があがる。控室でも記者室でも悲鳴があがっていたそうだ。時間切れスレスレで香を打つ。出口は藤井の慌てぶりにチャンスが来たことを悟っただろう。
そして大詰め、藤井が角を切って詰めろをかける。対して出口は、角を中段に打てば勝ちだと読んでいた。
この角は藤井玉への詰めろで、金打ちからの詰めろを防ぎ、なおかつ竜取りの攻防の角だ。しかし、指す寸前で藤井の罠に気がついた。角を打っても自玉が詰んでしまうことを。桂を捨て、金を捨てて玉を上に誘導し、さらに金を捨て竜と飛車のコンビネーションで捕まえる。金金桂の持ち駒をすべて捨て、玉も詰みに一役買うという、詰将棋のような詰みだ。1分将棋の中、これに気づき回避しただけですごい。だが角打ちに1分の短い時間をつぎ込んだため、他の手を読む余裕がない。金打の王手で玉をどかしてから角を打つ手も読んだが、決断しきれない。
そして、竜取りに銀を打ってしまった。
この瞬間、勝負は決まった。藤井はもう間違えない。竜を逃げた手が詰めろになることをすぐに読み切った。対局開始から9時間後、午後6時18分に出口投了、出口ががっくりとうなだれる姿がスクリーンに映し出され、客席から嗚呼という声が上がる。