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勝利しても「喜び」より「反省」

 また控室に戻ると、5人の棋士が寄ってたかって調べ、なんとか勝ちそうと結論が出ていた。ただし、角を打ってから藤井玉を詰ますまでには30手以上かかる。藤井の逆転勝ちではあるが、「大逆転」と表現するのはふさわしくない。

 出口の巧みな指し回しに意表をつかれ、予定変更を繰り返し、秒読みに追われてもなお、後手玉の詰みを読んでいた藤井がすごかったのだ。

 ところで、この日は別の建物に記者控室を用意していたが、師匠はそこまで出向いて記者達に解説していた。「丁寧に解説していただいてありがたかったです。あんなに将棋の話をする立ち会いは初めて見ました。師匠は元気ですねえ」と何人もの記者からなぜか私がお礼を言われた。しかも、疲れていたはずなのに翌日にはすぐにYouTube「石田九段一門将棋チャンネル」に動画をアップしている。石田和雄75歳、50年前の新人王は引退した今でも将棋が大好きだ。

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 片付けのためバックヤードにいくと、フォトセッションを終えた藤井が特製のペコちゃん人形を目の前に置いて座り、記者会見の準備を待っていた。10代でタイトル8期、タイトル戦13連勝という化け物じみた記録を打ち立てた男に話を聞こうかと近づくと、彼は左手を口元に当て、右手を動かしていた。

防衛を果たして、「青いペコちゃん」を抱っこする藤井聡太叡王 ©文藝春秋

 そうだ、以前、彼の師匠の杉本が言っていた。彼がタイトルをとったときに祝福のメールを送っても、喜びのメールが戻って来たことは一度もないと。「ここがおかしかったか」というような反省の言葉ばかりで……。

 疲れ切っているはずなのに、感想戦でも調べたのに、記者会見が始まるまでのわずかな時間なのに、それでもなお、将棋のことを考えている。将棋を極めようとしている。

 私は声をかけることはできなかった。