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「やった! 終わった! ヤッホー!」

 言葉にすることはまだできませんでしたが、そんな気分でした。

 家に帰って、最初にやったのは、鍵をかけたり開けたりの練習。旦那が教えてくれました。戸締まりさえできれば、ひとりで出かけられるからでしょう。

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 次は買い物です。

 スーパーならばほしい野菜や肉をカートに入れて、支払いはクレジットカードにおまかせですが、困ったのは専門店での買い物です。鶏肉屋さんで「もものきりみさんびゃくぐらむ」なんて、難しくて私には無理。私に出来るのはガラス越しに肉を指さして「さんびゃく」と言うくらい。なので、時々、変なこともやらかします。

「つみれください。5キロ」「5キロ!?」「いや、50」「はあ?」。

 いつも「さんびゃく」ばかりだったので、たまには「500グラム」に挑戦しようと思ったのですが、見事に玉砕してしまいました。

日本語を忘れないよう、ひたすらテレビを見る

 買い物が終わるとテレビを見ます。リモコンのボタンを押せば字幕が出てくるので、言語の練習になります。私は字幕を読むのが遅くて画面のスピードになかなか追いつきません。リモコンの一時停止ボタンを何度も押して、ゆっくり読むことになります。

全文は発売中の「週刊文春WOMAN2022年春号」に掲載中

 一度、旦那に言われたことがあります。

「テレビばっかり見てないで、音楽でも聴けばいいじゃない」

 旦那は全然わかっていません。英語の“スピードラーニング”のように、膨大な量の日本語を浴びるように聞いたり読んだりしなければ、私はすぐに日本語を忘れてしまうのです。

 こうして私は、以前は見なかった幼児番組やドラマを繰り返し見るようになりました。

「ひとりで江の島に行ってみよう」と思いついた

 退院してまもなく、家に遊びにきたお友達から、「しらすが旬よ」と聞きました。おいしそう!

「ひとりで江の島まで電車で行って、しらす丼を食べてこよう!」と思いつきました。中央線で新宿駅まで行き、湘南新宿ラインに乗れば、海が見えるはずです。

 ところが、いつまで経っても海が見えません。むしろ山に向かっているような気がする。

 途中駅の名前が全然わからないので、まるで海外旅行のように、どこに向かっているのか、見当がつきません。