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 すると「大宮~、大宮~」というアナウンス。大宮には聞き覚えがあります。江の島とは逆方向だということもわかります。

 湘南新宿ラインのくせに大宮に行くとはなんたることでしょう! 

 しらす丼が夢と消えた私は、とぼとぼと自宅に戻りました。初めての遠出は、まだ少し早すぎたみたいです。

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言葉は、発症前に比べて30%程度

 早いもので、私がくも膜下出血と脳梗塞を起こしてから、12年以上が経ちました。

 脳梗塞は恐ろしい病気で、およそ半数が10年以内に再発します。私が健康を保っているのは幸運以外の何物でもありません。旦那は「いまのあなたは、ここ20年で一番元気じゃないの?」と言ってくれます。

 足を使わないとすぐに衰えるので、長い散歩をするのが習慣になっています。

 退院後、しばらくできなかったファスナーの開け閉めや髪をゴムで縛ることも、1年後くらいにはできるようになりました。結局、右手の機能は元通りにはなりませんでしたが、料理も洗濯も掃除も買い物も、主に左手を使って不自由なくこなせているので、満足すべきなのでしょう。理学療法士の方々のリハビリに感謝です。

 言葉は、手術前に比べれば30%くらいでしょうか。この原稿はノートパソコンを使って打っていますが、変換がうまくできないことはしょっちゅうです。

 原因を「げいいん」と打ったり、しどろもどろを「しともどもろ」と打ったり。

 リハビリテーション病院を退院後に買った「ジャポニカ学習帳」には、家族との日常会話の中で、私がうまく言葉にできなかった単語が書かれています(154頁写真)。

発病後は家族との日常会話からの学びをジャポニカ学習帳に

 朝っぱら、腹ごしらえ、気が気でない、炊き立て、耐熱、どうにかこうにか、とげが刺さった、手強い、ひあがってしまう、してやったり、気が知れない、野蛮人、美人局、ねこだまし、やったぜセニョール(注・ケーシー高峰のギャグ)、その筋の人、できたも同然、病み上がり……。

 言語療法士が患者さんに「やったぜセニョール」や「その筋の人」と書いて練習させることなどあり得ないでしょう。私にとっては、家族との日常会話こそが最良のリハビリだったと思います。