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20歳の娘と、外食帰りに話したこと

 昨年9月21日は中秋の名月。しかも8年ぶりの満月でした。この日の夜、20歳の娘とふたりで外食した私は、月を眺めながら家の近くまで歩いてきました。

「綺麗な月だね! チューチューのちゅう」

「ハハハハ。頭の中に漢字は浮かんでる?」

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「秋はわかる」

「ちゅうは“中”だよ、中と秋でちゅうしゅう」

「ちゅーちゅー」

「漢字を思い出して。中秋」

「ちゅうしゅう」

「もう一回言って。ちゅうしゅうのめいげつ」

「中秋の名月!」

「そうそう。やればできるじゃない!」

 振り返れば、私がくも膜下出血を起こした時、娘はまだ小学2年生でした。入院中はさぞかし寂しい思いをしたはずです。

 退院後12年間、娘と一緒に買い物に行くとお金の計算をやってくれ、お蕎麦屋さんでは「蕎麦湯をください」と頼んでくれました。指のリハビリの先生としてもピカイチで、私の手をじーっと見て「中指が動いていないからこうやってみて」といろいろな練習を考えてくれます。12年経って、私の言語や身体にもずいぶんリハビリの効果がでてきましたが、それ以上にめざましかったのは、子供の成長かもしれません。

 中秋の名月は、病気をする以前よりもずっと美しく見えています。真ん中が黄色で外側が青。まるで猫の目のようです。青といってもいろいろありますが、最近、ピッタリなものを見つけました。「つゆ草」の色です。

 月は月齢によってちょっとずつ変化します。私の目には、いつも月がずれて見えるのですが、さすがは中秋の名月で、この日は綺麗なハート型に見えました。

 脳に障害のない娘には、中秋の名月は丸く、白かクリーム色に光り輝いているはずです。いえ、厳密に言えば、脳はひとりひとり違うのですから、見えている月の色も違うのでしょう。

 見える月の色はそれぞれ違っても、「きれいな月だね!」と頷きあえる人が隣にいるのは、幸せなことだと思うのです。(終わり)

 この連載は単行本化の準備に入ります。目指すは清水さんが還暦を迎える2023年2月刊行です。「これほど長く連載を続けられるとは思いませんでした。皆様には感謝しかありません。ありがとうございました」(清水さん)