「きてます」「ハンドパワー」といったセリフと共に、超能力ともマジックともつかない“超魔術”を繰り出して日本中を驚かせたMr.マリック(73)。
そんな彼に、マジック用品の実演販売員時代、謎を追求したユリ・ゲラーのスプーン曲げ、それまでのマジックとは一線を画した超魔術の確立などについて、話を聞いた。(全3回の2回目/最初から読む)
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――「ちょっと風呂に行ってきます」と実演販売の会社を飛び出して、どうされたのですか?
Mr.マリック(以下、マリック) 岐阜までの交通費を手に入れようと、衣装を持って質屋に行きました。でも、マジック用の衣装でいたるところにポケットが付いているから「なんですか、これは?」と言われて(笑)。
レンタカーで岐阜に戻って、名古屋で実演販売のバイトをしたりして半年くらいブラブラしていましたね。
シーモンキーの実演販売に飛びついた
――23歳の若さでマジックの世界大会で優勝した直後だけに、「俺はなにをしているんだ」と自問自答しそうですが。
マリック 友人に相談したら、「知り合いに手品マニアのお金持ちがいるから、道具を借りてショーをやったらどう?」なんて言ってくれてね。実際にその方のもとへお邪魔して「好きなのを持っていって使って。出世払いでいいから」とも仰ってくれたけど、「人に借りたものでプロなんて名乗れない」とハッとしてお断りしましたよ。
天洋先生の息子さんがやられている、テンヨーというマジック用品の会社があって。そちらの実演販売の方が、「なんかブラブラしているのがいます」と会社に伝えてくれたんですよ。そうしたら、シーモンキーという生き物を売り出すと。あったでしょう、あのミジンコみたいなやつ。その実演販売を八重洲の大丸でやってくれないかと。もう「行きます、行きます」と飛びつきましたね。
――で、再び東京に。
マリック 飛び出して辞めた会社には、天洋先生の息子さんが間に入って納得してもらって。でも、東京に来た最初の1ヶ月はお金が無くて、アパートを借りることはもちろん、ホテルにも泊まれない。だから、歌舞伎町の風林会館のサウナに明け方までいて、新宿中央公園を2、3時間ブラブラして、9時くらいに大丸に出勤するという日々を送っていました。職場でボーッとしているのも変だから「売る気満々で実演販売させてもらいます」って感じで売り場を掃除して、シーモンキーを包んで(笑)。
――奥様とは大丸で出会われたそうですね。
マリック 彼女はおもちゃ売り場の総括をやっていまして。私は行き場がないから早く来ているだけなのに「真面目な人だな。すごいな」と思ってくれたみたいでね。その後、私は八重洲の大丸から渋谷の東急百貨店東横店に移ったけど、ちょっと古巣を覗きに行ったら彼女がいて、そこからお付き合いして。