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 よく言うよという感じだろうか。驚くのは、刑事部屋に入れ、明らかに記者もいる中で雑談をし、ビールを買って飲ませている。刑事事件の被疑者の扱いがいまとは違うと言っても、こんなことがあるのか。スムーズに供述を引き出すために、捜査員が被疑者に“迎合”することはあるだろうが、それにしてもやりすぎではと感じる。

群馬に移送された佐太郎は刑事らを前に怪気炎をあげた(上毛新聞)

「幸い自分は健忘症ではないために、やったことは大概記憶しているので…」

「前橋署の殺人鬼」という説明付きの写真が添えられているが、不鮮明でビールは見えないものの、刑事らを前に佐太郎が怪気炎を上げている雰囲気が伝わってくる。記事はさらに続く。

「新聞に誤って書かれると、自分は潔く死に就く考えだからどうでも構わないが、これでも6人の妹があり、うち2人は片づいたが、4人はこれから先、縁あってどこへ行くかしれない。その4人に対しても済まないからね」と、死を目前にしながらも切なる肉親の愛情をほのめかしつつ、衒学的(知識をひけらかす)趣味を帯びた人生観などにも言及する。

「幸い自分は健忘症ではないために、やったことは大概記憶しているので、(警察や検察が聞くことを)全部肯定したところ、かえって先方では困っている様子でした。何しろ花を持たせて検事を帰しましたよ」と豪語する。「君はだいぶ英語が堪能のようだが、どこで一体習ったのかい?」。佐藤保安課長は聞く。「孔子の言ったように、天才は場所を選ばずで。ハハハハハ、無期徒刑の20年間の監獄内で勉強したのさ。神田さんのリーダーが糸口で、ウイルソンの言行録なんぞも字引きと首っ引きで読了しました」。「端唄なんぞもお手のものだそうですよ」。付き添って来た誰かが聞く。「一つ歌いましょうか」。あまり上機嫌なので、佐藤保安課長は場所柄だけに禁じてしまう。

 とても連続少女暴行殺人容疑者とは思えない明るさ。「6人の妹」は実際は「6人の弟妹」で、死んだ妹もいたから、そのあたりはでたらめだが、すさまじいほどの自己顕示欲は、奇妙を通り越して気味の悪ささえ感じる。ゆがんだ心理を想像せずにはいられない。

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言葉から透けて見える無自覚な「ウソ」

「神田さんのリーダー」とは、東京高等商業(現一橋大)教授などを務めた英学者・神田乃武が執筆した英語教本と思われる。ウイルソンとは、第28代アメリカ大統領で政治学者出身のウッドロー・ウイルソンのこと。ほかに記事にある佐太郎の放言の主なものは次の通りだ。

1.犯行の動機は、関東大震災の折、一命をさいなまれたこと
2.自分の生涯は草。庭草なら鑑賞もされるが、路傍の草で踏みつけられて日の光に恵まれなかったのが、こうした軌路(軌道)に導いたのだろう
3.自分は六合流柔道の3段。きょう警視庁で昇段試合があったので、死に土産に一つ死に物狂いで取っ組んでみようと思った
4.群馬県に連れてこられたのは、本県が一番事件が多いためだとのことだが、生きている被害者と対面でもさせるのだろうか。私は嫌でもなんでもないが、ただその少女たちの名誉を傷つけぬかと恐れる
5.私もこうなるうえは、逃げも隠れもせず、男らしい行動に出るつもりだ。人間は死ぬ時が一番大切で、その次は死に場所。私は立派に死にたいと思う